今、20代を中心に反響を呼び、ベストセラーになっているのが『20代で得た知見』だ。著者のFさんは『いつか別れる。でもそれは今日ではない』でデビューし、次作『真夜中乙女戦争』は映画化へ。最新作であるこのエッセイ集は21版を重ね、20万部を突破した。
若者世代に人気の作品を、50代の自分が手に取るのはいささか気後れしたが、なぜそんなに支持されるのかと興味をひかれる。私の娘はまさに読者世代。母親としてはちょっと覗いてみたいという下心もあった。
そもそも「F」という著者はどんな人なのか。プロフィールには「1989年11月生まれ。神戸出身、新宿在住。男」としか明かされていない。32歳の男性「F」とは、やはり正体不明で謎めいている。
この本はいかに生まれたのだろうか。冒頭ではまず、「二十代は最悪の時代で、寂しさの時代で、引き裂かれる時代ではなかったか」と顧みる。著者はかつて「二十代の人生の質は、出会った言葉で決まる」と書かれた本を手にしたという。ならばと、数万冊の本を読むことにしたが、一人の人間の人生は、出会った言葉でも、預金額や恋愛・結婚で決まるとも思えない。むしろ、ある夜友人が語ってくれた台詞、恋人がふとした瞬間吐き捨てた言葉、バーで隣の男が語ってくれた一夜限りの話、なんの救いもない都会の景色、あるいは......と、そうしたものに人生が決定されたのだと気づく。
〈「二十代の人生は、忘れがたい断片にいくつ出会い、心を動かされたかで決まる」
私はその断片を「二十代で得た知見」と名づけることにしました。〉
著者はセレブに無名無職、社長、末期癌患者、善人悪人極悪人いっさい問わず、数100名の人たちに聞いてみた。「二十代の内に知っておいた方が良いこととはなんですか」と。そこで出会った「忘れがたい断片」を集めたものが本書なのである。
〈絶望するな、しかし生き急げ〉〈最も痛々しい思い出が、それでも一番美しい〉〈二十代には自信はいらない〉〈期待しない方が楽だが、退屈は生活の毒である〉......。目次には183個の「知見」が羅列され、それぞれに著者の「私見」が綴られていく。そこからぽつぽつと、彼自身の20代の姿も垣間見えてくる。例えば、〈第一志望ではなく、第ゼロ志望〉では――。
〈夢なんて持ったことはありません。いいえ、嘘。子供の頃は裏社会の帝王か猫の王(猫に好かれる人)になりたいと思っていました。政界最悪のフィクサーを本気で目指したこともある。それが無理なら傭兵がいいなと思ったこともあります。
大学三年生の時です。以後に敗れた夢は、まだ恥ずかしくって言えません。
しかし振り返れば、これらの夢のすべてに共通するのは、「強くなって裏方として、弱い者をなんとかすること」にあった気がします。いまもそれは変わりません。いまそれができているかは分かりません。気づいたらよく分からない本を書いていました。
このごく個人的な夢、その陳列にでさえ、このような一般化が可能だと考えます。
「これまで敗れたあらゆる夢や目標の中に、己が本当になしとげたいことは一貫して変わらず、そこにある。あり続ける」
よって本来の夢、志、核は、なにかによって破られることはない。
私はこれを、第ゼロ志望と呼びたいのです。〉
大きな夢に燃えていた学生時代。その先にどんな人生が待ち受けていたかといえば、著者はさらにこう振り返る。
〈不安の九割は実現しない。そんな言葉をどこかで聞いたことがある。そうかもしれないな、と思っていた。いいえ、そうであるといいなと思いたかった時がある。
現実はしかし非情なもの。もしかしたら卒業できないかもしれないなと思ったら本当に卒業できなかった。内定は取れないかもなと思ったら本当にそうなった。もしかして仕事続かないかもな、無一文になるかもなと思っていたら本当に仕事は続かず、財布はすっからかんになり、振られるかなと思ったら振られ、事故に遭うかもなと思ったら本当に事故に 遭い、離婚するかもなと思ったら本当に離婚した。
単純に私が人間として不出来なだけかもしれません。が、私の経験則を帰納すると「不安の九割は実現しない」は到底承認し難い、無責任な説です。起こるかもしれないことは、すべて起こる。そう思っておいた方がよい。
しかし、いやだからこそ、この言葉は信じているのです。
不安と不運と不幸の中でも、踊り続けるのが人生である。〉
そんな20代の日々の中で、著者は悩み、もがき、悲しみや怒りをおぼえながら、さまざまな人々に問い続けていたのだろう。「好き」ってなに?「仕事」ってなに?「結婚ってなに?「孤独」って......と、生き延びるための術も探しながら。
最終章のラストを締めくくるのは、著者が友人に宛てた結婚式の祝辞だ。内容はここでは記さないが、おそらく自分なりに掴んだ、友情の形、夫婦や家族の在り方、人生で大切にしたいことなのではと思う。そして、それが30代になった著者から読者へ贈る「知見」なのかもしれない。
読み終えた今、私も思う。もし、20代でこの本に出合っていたら、生きづらさを感じていたあの日々も少しは楽になっていたのだろうかと。
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