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『西の魔女が死んだ』梨木香歩は、どんな本を読んできたのか。

ここに物語が

 読書というのは、選ぶ本もかける時間も感想も人それぞれ。だからこそ、読書体験はその人をまるまる映し出しているようで興味深い。

 梨木香歩さんの著書『ここに物語が』(新潮社)は、梨木さんがこれまで読んできた本と物語をめぐるエッセイ集。

 2002年から今年にかけて、新聞・雑誌などに掲載された書評やエッセイを収録。時代も国もテーマもさまざま、かつ膨大な冊数を取り上げている。

 「どんな本をどんなふうに読んできたか。繰り返し出会い続け、何度もめぐりあう本は、その時々の自分を観察する記録でもある」

血肉になったリルケの言葉

 ラインナップが多彩で迷うが、まずは「伝えたい一冊」から「『若き詩人への手紙 若き女性への手紙』――祈りの言葉のように」を紹介しよう。梨木さんの創作の原点が見えてくる。

 「思春期の頃に影響を受けた書物というものは、その後のその人の生きる姿勢や価値観を決定し、もっと言えば、良くも悪くもまだ柔らかい心や精神を鋳型に押し込めてしまうような所があるのではないだろうか」

 『若き詩人への手紙』は、リルケが、詩人を志す若い読者の手紙に応えて書き送った10通の書簡がもとになっている。梨木さんにとって「その本との出会いは必然とも呼ぶべきものだった」という。

 リルケはこう投げかける。「自分自身に尋ねてごらんなさい、私は書かなければならないかと」。もし答えが「肯定的」なら、「あなたの生涯をこの必然に従って打ちたてて下さい。あなたの生涯は、どんなに無関係に無意味に見える寸秒に至るまで、すべてこの衝迫の表徴となり証明とならなければなりません」と続く。

 「今に至るまで、少なくとも『何かを表現する』ということに関して、リルケのこの言葉はそれと意識することもなくなったほど、良くも悪くも私の血肉にまでなってしまった」

「コヴィッド-19人」として

 次に、ガラッと変わって「『コヴィッド-19人(じん)』として――特集コロナ後の人生哲学」から。まず『チェルノブイリの祈り』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 著)に触れている。

 「あの事故から十年経っても二十年経っても、『チェルノブイリ人』たち――著者の定義するところの、チェルノブイリを体験した人びと――はチェルノブイリ人で、起こったことの『渦中』にある、ということがわかった。あったのではない。過去形で語り得ない体験なのだ」

 新婚の若妻・リュドミーラの夫は消防士だった。原子炉爆発直後の消火活動に駆り出され、致死量の4倍ものレントゲンを浴びてしまう。どんなに危険でも夫のそばにいたがる妻を止めようと、看護師は言った。「ご主人はもう、人間でなく原子炉なのよ」。

 「目に見えない放射能の脅威と、新型コロナウイルスのそれが、同じ孤独という言葉でつながっていく」と、ここで梨木さんは2つを結びつける。そして、アレクシエーヴィチがチェルノブイリ体験者を「チェルノブイリ人」と呼んだように......

 「グローバリズムの時代の流行り病の勢いは、人種を超え、国境を無視し、人類のすべてを『コヴィッド-19人』とするのだろう。(中略)私たちはみな、コヴィッド-19人として、まったく新しい感覚と常識を備えていくのだろう。その移行期にあるのだと、ひしひしと感じている」

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 新潮社のサイトでは、梨木さんのインタビュー「取り憑かれたように読み、伝えたくて書く――日常に共にある本と物語の背景」が公開されている。

 「こうやって、本のみならず、様々な対象について語っているものを寄せ集めてみると、我ながらその時期その時期、取り憑かれていたものが明確になっているようで、個人的には感慨深いものがあります。そこにあるはずの物語を読み解こうとする姿勢だけは、蟹が同じ形の穴を掘り続けるように変わりばえしませんが」

 本書はいろいろ「寄せ集めて」いるわけだが、一貫して感じるのは、梨木さんの真摯さ、誠実さ、思慮深さ。同じ本を読んだところでこんな境地には至れないだろうな......と愕然としたが、体験したことのない読書の深みを見られる絶好の機会となった。

 先は長そうだが、「そこにあるはずの物語を読み解こうとする姿勢」を身につけていきたいものだ。


■梨木香歩さんプロフィール

 1959年生まれ。『西の魔女が死んだ』で作家デビュー。小説、エッセイ、ネイチャーライティング、絵本など、さまざまな著作がある。小説に『丹生都比売 梨木香歩作品集』『西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集』『裏庭』『からくりからくさ』『りかさん』『家守綺譚』『冬虫夏草』『村田エフェンディ滞土録』『沼地のある森を抜けて』『ピスタチオ』『雪と珊瑚と』『f植物園の巣穴』『椿宿の辺りに』『海うそ』『僕は、そして僕たちはどう生きるか』など、エッセイに『春になったら莓を摘みに』『ぐるりのこと』『水辺にて』『渡りの足跡』『エストニア紀行』『不思議な羅針盤』『鳥と雲と薬草袋/風と双眼鏡、膝掛け毛布』『ほんとうのリーダーのみつけかた』『やがて満ちてくる光の』『物語のものがたり』、児童書に『岸辺のヤービ』『ヤービの深い秋』、絵本に『よんひゃくまんさいのびわこさん』(絵 小沢さかえ)などがある。


※画像提供:新潮社



 


  • 書名 ここに物語が
  • 監修・編集・著者名梨木 香歩 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2021年10月30日
  • 定価1,760円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・280ページ
  • ISBN9784104299133

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