早春の光が差し込む朝、森の奥のクマザサの葉の上で生まれた一滴の水の粒が繰り広げる、小さな大冒険。
『ひとしずく』(幻冬舎刊)は岩手県出身の今明さみどりさんによって書かれた児童文学で、前述の通り主人公は「一滴の水の粒」だ。「透明でどんな色も反映する」という純真な「ひとしずく」に、読者は自分自身を投影するはずだ。
今回は作者の今明さんにインタビューを行い、この物語の成り立ちや主人公に込めた想いなどをうかがった。
(新刊JP編集部)
――今回出版された『ひとしずく』は一滴の水の粒を主人公とした児童文学です。もともとのアイデアはどのようにして生まれたのでしょうか?
今明:森の中を歩いていたときに「こういう物語があったら面白そう」と思いついた構想が原点です。ただ、そのアイデアをもとに物語を書き始めてみたのですが、なかなか筆が進みませんでした。それならば、と一番はじまりの部分、ひとしずくの誕生から書き始めてみようと思って形になったのが、この『ひとしずく』です。
――「水の粒が主人公」という発想は森の中を歩いている時に生まれたんですね。
今明:そうです。朽ちた切り株に水の滴が落ちているのを見て、これで一つ物語が書けそうだと思いました。
――今明さんはこれまでどのような創作活動を行ってきたのですか?
今明:もともとは演劇の方で活動をしていました。演出もやっていたので、その流れで小中・高等学校にてコミュニケーションのワークショップ講師を数年間務めたり、岩手に住んでいるので、県内のローカルプロジェクトのディレクターなどもやっていました。
2020年に『ひとひと』という絵本を出させていただいたのですが、これは子どもたちと演劇を作るときの教材、その手がかりとして書いたものです。
――『ひとしずく』についてうかがっていきます。主人公の「ひとしずく」はどのようなキャラクターだと思いますか?
今明:純真で真っすぐなキャラクターですね。透明な身体に、どんな色も反映する。自分の体の下に葉っぱがあったら緑色になれるなど、無限の可能性を持っている存在だと思います。
「ひとしずく」が持つ可能性を、彼自身は気づいていないけれども、実はすごく多才ですし、この子の持つ純真無垢な透明さを抱きしめたくなるような、愛おしい主人公にしたいと思っていました。
――「ひとしずく」を描くうえで気を付けたことはありますか?
今明:「ひとしずく」は考えすぎてしまう性格で、放っておくとモノローグのようになってしまうので、その部分は一言のセリフにまとめてしまおうという意識で書きました。あまり難しく書き過ぎないように、シンプルさを心掛けています。
また、内的な部分を長く書いてしまいそうになったときは、水の滴である「ひとしずく」の身体を描写することで客観的に表現するようにしました。無限に表現できるので、その部分は頭を使いましたね。
――ストーリーの規模はとても小さいですが、「ひとしずく」の成長がしっかりと表現されていますね。
今明:空に行って、雨になって、降り注いで、誰かと出会ってというように、「ひとしずく」に大冒険させることもできました。ただ、それだともう既にありそうだなと思ったんです。
ここで描くことは「ひとしずく」の始まりの始まりであって、「この子は今この瞬間、次は何をしたいんだろう」という思考をその都度積み重ねました。そのゴールがクマザサの葉っぱを登りきることだというイメージは早い段階でできあがったので、そこに向けて物語を進めていった感じです。
――クマザサの葉の上だけで展開されますが、それが逆に壮大さを感じられる余韻を残しているように感じます。
今明:私は宮沢賢治や小川未明、こども向けの世界文学文集といった古き良き児童文学や多くの絵本に育ててもらったという自覚があって、同じように私も、主人公を描くということを丁寧にしたいと思っていました。だから、物語をそこまで意図的に盛り上げなくてもいいと考えた部分はありましたね。
――印象的だったのが、まだ雪の結晶だった「ひとしずく」の兄弟たちが「それじゃ、サヨナラ。また今度!」と言って水滴になり、クマザサの葉から滑り落ちていくシーンです。そこで「ひとしずく」はこの言葉について考え込んでしまうわけですが、このシーンにはどのような意味を込めたのでしょうか。
今明:「ひとしずく」という唯一無二の主人公と、その他の水滴の子たちを対照的に表現するセンテンスとして利用しています。実は他の子たちは何回も雨になり、海になり、雪になりということを繰り返していて、何度も旅をしてきている。その一方で、「ひとしずく」はこれから初めて旅に出るので、「また今度」の意味が分かっていないんです。
――だから、「ひとしずく」は「また今度!」という言葉に戸惑うわけですね。
今明:そうです。「ひとしずく」の兄弟たちの言葉に明るさが帯びているのは、また今度ここに戻ってくることを楽しみに出かけていくからなんですが、「ひとしずく」だけは「また今度なんて本当にあるの?」と不安になってしまうのです。
――それは輪廻転生とも解釈できますし、生命は循環しているというニュアンスも受け取れます。ただ、「ひとしずく」はそれを知らないと。
今明:作者である私自身は循環という自然の仕組みを知っているけれど、「ひとしずく」はそれを知らないわけですから、どのように彼の気持ちを表現するかは難しかったですね。時々はっと気が付いて「そうか、この子はまだ何も知らないんだった」ということをくり返しながら書いていました。
(後編に続く)
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