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「初めての書き方をした」 万城目ワールド全開『あの子とQ』はどのように生まれたのか

  • 書名 あの子とQ
  • 監修・編集・著者名万城目学
  • 出版社名新潮社

友情あり、恋あり、そして謎あり。まさに「ミラクル」な青春物語だ。

高校2年生の女の子・弓子は実は吸血鬼。でも人間の血は吸わない。人間社会に完全に溶け込み、今日も親友のヨッちゃんと田んぼに挟まれた一本道を自転車で突っ切る。
そんなある日、17歳の誕生日に行われる「脱・吸血鬼化」の儀式を間近に控えた弓子のもとに、黒くてトゲトゲした謎の物体があらわれる。「Q」と名乗り、儀式まで弓子を監視するという。
Qとは一体何者なのか? そして恋するヨッちゃんに協力してダブルデートをすることになった弓子は、その行先で大事故に遭遇。ヨッちゃんの想い人を助けるために弓子はある行動に出るのだが...。

刊行当初から「万城目ワールド全開」という声があがっている万城目学さんの新作小説『あの子とQ』(新潮社刊)。その物語はいかにして生まれたのか。コロナ禍で深く沈んだ心にユーモアと明るい光を差し込む本作について、作者の万城目さんにお話をうかがった。

(聞き手:金井元貴/新刊JP編集部)

■「物語の種が生まれるところに他人が関わっているというのは初めて」

――『あの子とQ』についてお話をうかがえればと思います。まずは主人公の弓子が吸血鬼という設定なんですが、この「吸血鬼」というモチーフはどのように出てきたのでしょうか。

万城目:これは少し込み入った話になるのですが、もともとは小説としてのアイデアではなかったんです。

コロナ禍で立ち上がったとあるプロジェクトにアイデアを出す係として参加したのですが、その時に僕に渡されたお題が、「主人公がいて、その横にはこの世のものではない存在がいる」というざっくりとした構図で何かを考えてほしいというものでした。それで何パターンか出した中で、主人公が高校生の女の子というお題があり、そこで考えたのが高校生の女の子と吸血鬼の組み合わせでした。

ただ、現代の10代の女の子の内面――何を考えて、何に悩んでということは分からないし、みんなが納得できる内面描写をするのは難しい。ならば本人を吸血鬼したらどうかと考えました。その特異な視点から相対的に同世代の女の子を見たり、人間社会との付き合い方、人間の中でどう生きていくかということは書けるだろうと。

ところが、いろいろありまして、そのプロジェクト自体が頓挫してしまったんですね。

――そのアイデアも必然的にボツになってしまったと。

万城目:でも、その時に以前から「このアイデアどう思う?」と相談していた編集者から、ボツになったのならば『週刊新潮』で小説として連載しませんか?とお誘いを受けて、このアイデアが復活したんです。

だから、このアイデア自体は自分で最後まで面倒を見るというよりは、ある意味無責任に、いろいろ自由に考えた中でポンと浮かんだものなんですよね。

――そういった小説の書き方は万城目さんにとっては珍しいのでしょうか?

万城目:これまでの作品は1から10まで自分で考えて、主導権も全部自分でした。でも、この『あの子とQ』については、かなりの部分で他人から出されたお題でできています。だから、自分で考えたのは10のうちの5くらいですね。書く苦しみは変わらないですけど(笑)、物語の種が生まれるところに他人が関わっているというのは初めてです。

――これまでの物語の成り立ちと全然違いますね。

万城目:それに小説を書くのも、『「週刊新潮」のこの号から枠を取っているので逃げられませんよ』という感じでのスタートだったので、全部初めての経験ですね。でも、いざ書き上げてみると面白い作品が書けたと思いますし、自分の中で新しい発見があって良かったです。

でも、こういう小説の書き方は今回限りで、また自分で10考えて10書くという元の方法に戻るんですけどね。

――『あの子とQ』の物語についてお話を聞きます。この物語には2つの大きな謎がありますよね。一つは最初からいる「Q」という存在の正体、もう一つが折り返し地点で起こる「事件」の真相です。後半はこの2つの謎の真実に並行して近づいていきます。この物語の骨子はどのように考えていったのでしょうか。

万城目:まずはQですね。黒いトゲトゲしたばけもので触れることができないというところから、弓子によってQの正体が明らかになるという結末は最初に浮かんだので、その間をどのように埋めていくかという作業でした。

弓子とQの関係としては、弓子からすると仲良くしたくないありがた迷惑な存在から、その関係が少しずつ近づいていくという変化を入れたかったので、それならばQが弓子の監視役がいいだろうと思いました。

――弓子が17歳の誕生日に「脱・吸血鬼化」の儀式を迎えるまで、弓子が人間の血を吸わないか監視をする役目ですね。

万城目:その儀式まであと1日になったところで大きな事故が起きて、弓子はQの制止を振り切って友達の好きな人の命を救うために吸ってはいけない血を吸ってしまうわけですよね。

――ただ、弓子が目覚めると、血を吸ったはずなのにその痕跡がない。そこにミステリーが発生するという流れです。一方の弓子については、先ほどおっしゃっていたQに対する刺々しい反応が少しずつ変化していきます。

万城目:Qへの意識の流れですよね。弓子はQにどんどん同情的になっていくのですが、それと同じスピードで読者のQに対する意識も変わっていかないと物語がずれていくので、そこは冷や冷やしながら書きました。

実はQって登場するシーンが短いんです。事故後はいなくなりますから、前半部分だけである程度の変化を見せないといけない。そこを描くのは難しかったですね。

――後半はQに代わって佐久という吸血鬼が出てきます。

万城目:佐久の登場で、それまで弓子の目に見えていたものが実は違う意味を持っていたことが分かります。ただ、その大きな変化のきっかけになる部分を彼が導かないといけないですから、佐久の登場シーンがすごく増えたんですよ。もともとはちょっとだけ出てくる人物だったのに、結果的にしゃべり倒しています。

■今の若者のリアルではなく、普遍的な「青春」を描く

――弓子をはじめとした高校生4人についてお伺いしたいのですが、まず「高校2年生」という年齢の人物を描くうえで意識した点はありますか?

万城目:高校2年生というと、一番普遍的な高校生活を背景にできると思ったんです。学校があって、部活があって、受験はまだ先で、という。高校生活の普遍的な部分というのは、おそらく70年代くらいから変わっていないので、「今の若者を描く」という感覚はなかったんですよね。学園を舞台にしたコメディを書いているという感じがありました。

――確かに「今の若者のリアル」ではなく、大人でもこの世界に入り込める、共通した青春の部分が物語の中にありました。弓子が当事者ではないけれど、ちゃんと「恋」の部分も入っていて。

万城目:弓子の友達のヨッちゃんの恋ですからね(笑)。でも、書店員さんの感想を読ませていただいたら、「きゅんとした恋愛あり」と書いてあったりするので、ノスタルジーに触れるものがあるのだと思います。友達の恋愛を見守った経験があるとか。

だから、この小説で描かれている青春はどれも普遍的な要素です。学校の様子、部活の様子、男女がとっかかりのないところから一歩踏み出す様子、読者の中のどこかにそれと似た記憶があって、本を読むと不意に思い出すところがあるのだと思います。

――弓子ではなく、弓子の友達の恋にしたのはなぜですか?

万城目:確かに弓子が人間の男の子を好きになって、その相手が物語の大事な部分を担う選択肢も思い浮かべましたが、それだと話が重くなりすぎるんですよね。弓子には吸血鬼という立場から、Qと対峙してほしいし、友達が好きな男の子の方が、物語としては良いと思いました。

――あくまで弓子とQの物語である、と。

万城目:『あの子とQ』ですからね。

――実は、高校生組の中で、弓子の他にも吸血鬼がいるのではないかと勘繰って読んでいました。その中で吸血鬼のキャラクターに共通する点があることに気づきまして。

万城目:鋭い読み方をしていますね(笑)。ある共通点を仕込んだのですが、そうなると高校生組にも一人、あやしい人物がいるんですよ。ヒントは「きゅう」と読めるか否かですね。

(後編に続く)

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