生産量は右肩下がりで斜陽産業といわれる日本酒業界にあって、紀伊の風土が醸す酒、「紀土(KID)」が日本酒ファンの人気を集める平和酒造(和歌山県海南市)は、逆に右肩上がりで業績を伸ばしている。
代表取締役専務である著者は、京大を卒業して人材関連のベンチャー企業で働いた後、実家に戻ると、「酒造りは伝統文化を発信することだ」という信念のもとに大きな改革に着手した。
紙パック酒から味本位のお酒へ、流通経路の見直し、季節雇用から通年雇用…。いずれも簡単なことではないが、社長である父の理解、杜氏(とうじ)、蔵人と話し合いながら時には失敗しながらも前に進んでいった。
最大の問題は「杜氏」との関係だった。従来の酒蔵では、酒造りは製造の最高責任者である「杜氏」が技術を持ち、ある種、職人の世界。「蔵元」は経営に専念していた。しかしそれでは消費者が喜んでくれるお酒造りを目指す上で、全体のレベルが上がらない。
杜氏と徹底的に話し合い、蔵人も酒造りの技術やデータを共有させた。職人かたぎを排し、杜氏にはマネージャー的な役割をもたせることで酒質も人間関係もどんどん変わっていった。
こうした一連の改革で最も重視したのは、やはり携わる「人間」。前職の経験を生かして全国から蔵人を募集。そのコストは経常利益の4割にも相当する。
本書でも「人材雇用」に1章分(第3章<脱・季節労働>の雇用システム)を費やし、自らの手法を公開している。
自分たちが楽しめる、誇れる、価値を持つ「ものづくりの理想郷」を実現させるために、何をしてきたかを、包み隠さず記したのが本書。副題の「日本酒業界で今起こっていること」は、まさに著者が今起こしていること。一般企業や飲食店に携わる人々にも貴重なヒントを与えるビジネス書でもあり、働き方(=生き方)の指南書でもある。
書名:ものづくりの理想郷
著者:山本 典正
発行:インプレス
定価:1600円+税