2013年に『図書館の魔女』という和製ファンタジーでデビュー、シリーズ累計42万部という高田大介さんの初の民俗学ミステリというふれこみで読み始めた本書『まほり』。探偵役の主人公は大学院の社会学研究科をめざす大学3年生の勝山裕だが、これほど、登場人物が社会学や歴史学の方法論を能弁に語り合う小説など、日本史上初めてではないだろうか。それでいて肌がざわめくような恐怖がじわりと押し寄せる読後感。近世日本史に興味のある人に勧めたい一冊だ。
裕は大学の卒業研究グループの飲み会に誘われ、ある都市伝説に興味を持つ。上州(群馬県)のある村では、二重丸(蛇の目紋)が書かれた紙がいたるところに貼られているというのだ。「こんぴらくだり」の参道を登っていくと、河べりの祠の向かいにびっしりと貼ってあったと、かつての目撃者から話を聞き、個人的な目的もあり夏休みを利用して調査に向かう。
その村はちょうど裕の出身地に近かった。ある事情で実家に出入りできないため、高校時代の友人のアパートに居候する。資料集めに行った図書館で偶然、昔なじみの飯山香織と出会う。司書のアルバイトをしている香織に手伝ってもらい、フィールドワークを始める。
一方、埼玉から妹の転地療法のため一家で引っ越してきた中学生の淳。山奥の渓流で、和装の少女を見かける。何か事情があるらしいが、凄絶な眼差しが頭から離れなくなる。そしてお祭りの夜、神楽の一行の中に少女を見つける。
裕と香織が史料のアドバイスを求め、訪ねたのが歴史民俗博物館の学芸員、朝倉である。亡くなった裕の母親に関係があると思われる神社の縁起を調べようという二人に対し、「捏造とまで言えるものは少ないかも知れませんが、縁起を曲げるぐらいのことはいつでも起こっている。何か理不尽な政治的動揺の影響にさらされた時に、宗教というものは、それを合理化して内面化するような詭弁を必ず用意するものです」と朝倉は諭す。
朝倉から紹介された郷土資料館員の古賀は、神社の由来の専門家だった。「史料の真実性なんて信じない。ただそれを問題にしない」という立場の古賀がまた滔々と語る。「壊されたことまで含めて立派な史料」という古賀。「僕はこの抹消部分は食人の事跡を伝えたものだと思うんです」という裕に「書かれていないことですから、否定出来る人もいませんよ」とほほ笑む古賀。
ここから天明年間の食人の事跡を伝える史料が写真付きで紹介される。さらに近世の農山村の貧困と因習が次々と語られる。これはもはやミステリなのか歴史の講義なのか。
少女が強制的に囚われていると主張する淳と出会った裕と香織。少女を救おうと二人に無断で淳はその村へ向かうが......。
江戸時代に幕府からある職能を与えられた村は、明治以降、周囲から孤立して生き延びてきた。そこで行われてきたある儀式。フィクション化することによってぎりぎり成立するだろう、きわどい記述が続く。
本書には活劇は出てこない。徹底的な文書の解読によってストーリーが進む。かなり難しいが、なんとか分かる程度に噛み砕いてくれるから、ついていける。
陰鬱たる近世史の闇がどろりと現代に流れ込んだような物語の筋にあって、ひとつの光明となるのが裕と香織のほのぼのとしたカップルぶりだ。また聡明な淳からも勇気をもらえる。
著者は人文学の相当の手練れだと思いながら読了した。本書の著者略歴には書かれていないが、ネットで検索すると、日本の大学で教壇に立ったことのある言語学者で、現在、フランス在住らしいことが分かった。重要な謎解きの場面で、「変人」の言語学者が登場するのもご愛嬌だ。読者は、最後にタイトル「まほり」の意味を知ると戦慄するだろう。
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