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「天皇は存在するが存在しない」ことを避けた「生前退位」

天皇陛下「生前退位」への想い

 2019年10月22日、即位礼が行われた。そこには退位された上皇、上皇后陛下の姿はいっさい見られなかった。

 本書『天皇陛下「生前退位」への想い』(毎日新聞出版)は、平成28(2016)年7月13日、当時天皇陛下が天皇の位を生前に皇太子に譲る「生前退位」の意向を宮内庁関係者に示されていると報じられたことを受けて、ノンフィクション作家の保阪正康さんが、「サンデー毎日」に連載したものをまとめた「第1章 天皇陛下『生前退位』の解読」と各紙への寄稿からなる「第2章 天皇と国民の新たな回路のために」で構成されている。

 2016年11月に刊行されたものだが、作家の半藤一利さんとともに、天皇、皇后両陛下にお会いして私的な形での懇談をしたことのある保阪さん。天皇の意向を深く知る人の本として、改めて紹介したい。

摂政体験を恨み続けた昭和天皇

 保阪さんは、『昭和天皇実録』「東宮職日誌」「侍従日記」など27点の文献を読み込み、「生前退位」を大正天皇崩御と昭和天皇崩御の二点から考える。

 大正10(1921)年11月25日に皇太子(のちの昭和天皇)の摂政宮への就任が決まった。以後、大正15年12月25日の大正天皇崩御までの5年間、「天皇は存在するが存在しない」という形になった。

 この5年間、軍事は急速に影をひそめていたと保阪さんは見ている。4個師団の廃止もあり、全体に国民の軍事を見る目は厳しくなった。秩父宮殿下が陸軍士官学校(第34期生)をこの頃卒業したが、350人のうち40人近くは「軍人になるのは厭だ」と言って辞めたという。

 では、なぜ大正天皇崩御の後、軍国主義が台頭したのか? 保阪さんが昭和50年代に軍関係者に話を聞いたところ、「大正時代のあの5年間は屈辱として私たちは見ていた。昭和初期はその埋め合わせだった」という証言を引き出している。

 軍内に大善・小善という語が生まれ、陛下の志とは別に何か「功名をたてること(大善)」が本来の軍人の職務であるとの共通認識が育っていった。

 「天皇は存在するが存在しない」ことへのとまどいや反発が、その5年間にあったと推測している。

残忍な終身在位

 昭和天皇崩御からはこう考える。昭和天皇は昭和62年4月29日に倒れ、翌年9月からほとんど寝たきりになり、当時の皇太子が公務を代行した。実質的に摂政のような役割とも言えた。

 保阪さんは、昭和天皇は大正天皇の摂政を務めた時の体験を悩み続けた節があると見ている。同じく天皇の地位をめぐる相克が、平成の天皇にもあったというのだ。そういうある意味で残忍な終身在位に対して、「私はそれを受け入れられない。それに対していうべきことを言いたい」というのが、あのビデオメッセージだったと見る。

 そして、「皇統を守る」という重い使命に対して、天皇自身、あるいは天皇家の人びとがなんらかの意思表示を行うのは当然の権利ではないか、と書いている。

田中角栄が生きていたら

 本書で興味深かったのは、「角栄ブームから読み解く天皇の生前退位」の項だ。田中角栄は天皇への内奏に普通5~10分程度なのに、30分ぐらい使ったという。あまり詳しい話をしないのが暗黙のルールだが、田中は次の国家予算や貿易収支の額まで延々と説明した。田中は天皇への崇拝の念を他の首相よりは持っていなかった、と保阪さんは推測する。

 園遊会に首相が特権として関係者を呼ぶとき、普通10~20人程度なのに、田中は300人ぐらい呼んだそうだ。

 もし、田中が生きていて安倍晋三首相に忠言したならば、という「仮定」の話が面白い。保阪さんは3つのことをはっきり言うだろうと、こう書いている。

 「自民党というのは結党以来、憲法改正を掲げているが、旧憲法に帰れってことじゃない。だったら変えないほうがいい」
 「天皇だって人間なんだよ。いつまでもいるってわけにはいかないんだ。辞めたいって言うのを認めるのは当たり前だろ」
 「おい、アメリカをあまり信用してはいかんよ。ロシアもひどいけど、アメリカもひどいぞ」

 この架空の想定はさておき、即位礼も終わり、「生前退位」にかんする議論もあまり出なくなるだろう。「新しい形の天皇と国民の共存関係をつくらなければならない」という保阪さんの問題提起もしばらくペンディングになるのだろうか。

 
  • 書名 天皇陛下「生前退位」への想い
  • 監修・編集・著者名保阪正康 著
  • 出版社名毎日新聞出版
  • 出版年月日2016年11月10日
  • 定価本体1300円+税
  • 判型・ページ数四六判・155ページ
  • ISBN9784620324197
 

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