BOOKウォッチで著書が何度も紹介される書き手がいる。その一人が本書『ベストセラー伝説』(新潮新書)の著者で、ノンフィクション作家の本橋信宏さんだ。
これまでに『高田馬場アンダーグラウンド』、『新橋アンダーグラウンド』(いずれも駒草出版)、『東京最後の異界 鶯谷』(宝島社)など。本橋さんはきわどいテーマに丹念な取材で迫ることで定評がある。つねに多数の関係者に会い、現場を踏んでいる。裏世界の話を思わず笑いを誘う独特の文体で綴るから、つい引き込まれてしまう。
本書もそうした「本橋ワールド」を堪能できる一冊だ。かつてのベストセラーはなぜ誕生したのかを探る。本書をなぜ書こうと思ったか、冒頭に簡単に記している。そこを眺めているだけで、思わず読みたくなる。
・犯罪をテーマにしたポプラ社版江戸川乱歩の探偵小説が、なぜ小学校の図書室に置かれていたのか。 ・極度のスランプに陥った手塚治虫が完全復活した「ブラック・ジャック」がなぜ「少年チャンピオン」で連載されたのか。 ・「試験にでる英単語」と「豆単」のライバル争いは結局どうなったのか。 ・「科学」と「学習」はなぜ校内で販売されていたのか。 ・世間を震撼させた「ノストラダムスの大予言」の著者は今何を考えているのか。 ・「平凡パンチ」で素人を脱がせていたのは誰だったのか・・・。
1960年代から70年代にかけて、青少年を熱中させた雑誌や書籍には、前代未聞の企画力や一発逆転の販売アイディアが溢れていた、その舞台裏を当時の関係者たちから丹念に聞き出した秘話満載のノンフィクション、というのが本書のうたい文句だ。「第1章 『冒険王』と『少年チャンピオン』」から「第8章 『ノストラダムスの大予言』」まで8章仕立てになっている。硬軟織り交ぜたラインナップは、期せずして「ベストセラー」に仮託した本橋さんの自分史にもなっている。
多くの読者の興味があるのは「第5章 『平凡パンチ』と『週刊プレイボーイ』」だろう。まだ女性のヌードが貴重だった時代に、無名のモデルや素人まで登場させて話題になり、部数を伸ばした。どうやって声をかけたのか。本橋さんは当時の「平凡パンチ」の担当者を取材する。
「今みたいに簡単にモデルが調達できないですからね。原宿のセントラルアパート前と六本木のゴトウ花店の前、あそこで捕まえてアマンドに引っ張り込むんです・・・成功の確率なんてものすごく低いですよ。10人、20人声かけたってほとんど無視される。低い確率のなかでやっと調達したモデルを、いい雑誌なんだって嘘ついたりしながら(笑)、スタジオ、ロケ地につれていって、最後は裸にするのが俺の仕事ですから」
そう自嘲気味に語るのは、誰あろう、西木正明氏。当時は「平凡パンチ」の編集部員だったが、80年に『オホーツク諜報船』で第7回日本ノンフィクション賞新人賞、88年に『凍れる瞳』『端島の女』で直木賞、2000年には『夢顔さんによろしく』で柴田錬三郎賞を受賞し、作家として活躍している。
今の奥さんはかつての女優、桑原幸子さん。「平凡パンチ」70年8月1日臨時増刊号で「樹海ヌード」を披露していた。若き日の、半世紀前の、まばゆい裸身が本書に再録されている。もちろん担当は西木氏。早稲田大の探検部出身の西木氏が、富士山の樹海の風穴の中で撮ろうと提案したのだという。
そういえば、かつて「週刊宝石」では、「オッパイ見せてください!」というトンデモ企画があった。あの担当者も出ているかと思ったが、残念ながら本書では特に触れられていなかった。
こうした下半身ネタの一方で、本橋さんは生真面目なベストセラーも紹介する。それが「第6章 『豆単』と『でる単』」、「第7章 『新々英文解釈研究』と『古文研究法』『新釈 現代文』」だ。とりわけ後者については熱が入る。
『新々英文解釈研究』と『古文研究法』は、埼玉の名門高校から早稲田大学政経学部に進んだ1956年生まれの本橋さんが、実際に手にして学んだ参考書だった。「ボロボロになるまで読みこんだ」という。今度の取材で『古文研究法』の著者小西甚一さん宅を訪ねた折には、書き込みだらけの同書を持参、遺族から感嘆の声が漏れたという。
7章の本は三冊とも受験参考書の現役を退いているが、再版の要望が強く、『新々英文解釈研究』は11回の増刷で1万3000部、『古文研究法』は14刷6万2000部、『新釈 現代文』は12刷3万7000部と今なお50代以上の世代から需要があるという。いずれも受験勉強をしながら、大学の教養課程の講義を受けているかのような、ハイレベルの知的欲求にもこたえうる重厚な内容で人気があった。
本橋さんは、『裏本時代』『AV時代』などの著書があり、AV監督の村西とおる氏と一緒に仕事をしていた時期もある。その経験などをもとにした『全裸監督 村西とおる伝』はドラマ化され、Netflixで世界配信中だ。
このあたりだけ取り上げると、色物系の人物ということになるが、ベースには『新々英文解釈研究』と『古文研究法』があるという意外性が面白い。ちなみに評者もこの二冊にはお世話になった。
本書は「新潮45」の連載を単行本にしたもの。同誌はLGBTと「生産性」めぐる議論で休刊に追い込まれたが、本橋さんは「私が書いてきた非生産的な原稿を一番多く誌面ですくいとってくれたのも他ならぬ『新潮45』であった」と書いている。常に世の中の表と裏、地上だけでなくアンダーグラウンドにも目配りする著者らしい、シニカルな感慨と言える。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?