本を知る。本で知る。

サケはなぜ母なる川に戻ってくるのか

釣りエサ(ルアー・エギ・毛バリ・生エサ)のひみつ

 濃度10の-8乗モル/リットルと聞いて、実感できる人はまずいないだろう。1モルの物質を10万tの水(50m✕25m、深さ2mのプール40個分)に溶かした濃度だ。魚の嗅覚はそれをかぎ分けるのだそうだ。

 本書『釣りエサ(ルアー・エギ・毛バリ・生エサ)のひみつ』(つり人社)は釣り人の参考になるだけでなく、そうではない人でも魚の人間の尺度では量れない生態にきっと驚かされるだろう。

アミノ酸が刺激

 著者の長岡寛さんは、釣りエサメーカー・マルキユーの研究開発者だ。配合エサや匂い付きのルアー・エコギアの開発者だ。釣り雑誌の記事やテレビ出演も多い。この分野の著名人だ。東京海洋大学の公開講座講師など教育活動にも携わっている。北里大海洋生命科学部卒業。

 魚類の嗅覚を最も刺激する物質はアミノ酸だといわれる。その一種アラニンは1モルが90グラムなので、質量濃度9✕10の-10乗%で、一般的な魚類は感知する。特に敏感なガンギエイの場合、さらにその100万倍薄くても分かるという。

 魚は水中にいるので、揮発性の匂いを嗅ぐ動物とは異なり、水溶性の匂いしか分からない。人が臭いと思っても、魚は別の匂いを嗅いでいる。こうした特徴の確認には研究室での実験の様子が紹介されていて、臭覚器官の説明もあって分かりやすい。サケも嗅覚を頼りに母なる川に戻ってくるのだろうか。

 評者は、釣りに熱を上げたことがあった。あまり釣れなかった。友人らと竿を並べても、評者一人だけ釣果が劣った。本書を読んで、喫煙者であることが釣れない理由だったのだと、合点がいった。たばこのにおいが餌についてしまうからだ。

 このほか驚かされたのは、エサをめぐる魚の群れの生態だ。沿岸とりわけ波止などでは、アジや小さなメジナなどの小魚は多種が入り交じって小さな群れを形づくることが多い。そこにエサを投入すると、メジナなど泳力のあるものがまずエサに近づく。エサを見つけ、口に含んで食べられると判断すると嚥下する。それを見ていた他の魚が一斉に就餌を始める。ところが、最初の魚が食べられないと判断して吐き出すと、他の魚もエサを無視するというのだ。

 しかし、少し離れた所にいる別の群れにエサを与えると、先のコロニーと同様の行動を繰り返すのだそうだ。つまり、情報は一つの群れだけで種を超えて共有されるということになる。

甘いものを好む

 ほかにも

 ・視覚(明暗の変化にとても敏感)
 ・味覚(甘いものを好む。糖分よりも甘みを持つアミノ酸、グリシンや前出のアラニンに強く惹かれる)
 ・ルアーは偽物なのになぜ釣れるか
 ・さいは(鰓の内側にあるエサをこし取る櫛状の器官)の粗さの違いによって、興味を示すエサの粒子の大きさが異なる。粗いギンブナと細かいヘラブナでは、小さなプランクトンにはヘラブナだけしか反応しない。これはエサ盗りが多い時のコマセ(魚を寄せるための撒餌)の仕方の工夫へのヒントになる
 ・自然エサよりもルアーの方がよく釣れることがある(大分県沿岸でのタチウオ漁)

 など、就餌行動を縦糸にして、よく釣れるエサを解説している。

 阿川弘之の小説に『鱸とおこぜ』がある。魚が迎えた悲しい結末を描いた傑作だが、釣られたきっかけは、普段食べない物に食い気を催したことだった。魚の関心事は、繁殖と、食べること・喰われないことに尽きる。そのうち、食は最も日常的な行為だ。本書は魚の食の王道を解説するもので、釣り人に新たな発見をもたらすことは間違いない。さらに、子どもたちが水族館で魚を観察するのにも大いに役立つだろう。

 魚の行動を科学的に扱った本では、『魚の行動習性を利用する 釣り入門』(講談社ブルーバックス)、『釣りはこんなにサイエンス 気象から地理・生態、さらに魚の気持ちまでバッチリわかる!』 (サイエンス・アイ新書)などがある。本欄では魚関連で『世界の海へ、シャチを追え!』(岩波書店)、『漁師になるには』(ぺりかん社)、『サカナとヤクザ』(小学館)など多数を取り上げている。

BOOKウォッチ編集部 森永流)

  • 書名 釣りエサ(ルアー・エギ・毛バリ・生エサ)のひみつ
  • サブタイトル魚を誘う、色・匂い・味・成分・硬さ・音に科学で迫る!
  • 監修・編集・著者名長岡寛 著
  • 出版社名つり人社
  • 出版年月日2019年8月 1日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判・272ページ
  • ISBN9784864473378

オンライン書店で詳しく見る(購入もできます)

デイリーBOOKウォッチの一覧

一覧をみる

書籍アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

漫画アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!

おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

出版社の皆様!

御社の書籍も、
BOOKウォッチに
掲載してみませんか?