タイトルも変わっているけど、著者も文体も相当変わっている。でも、こういう人が日本の通信やAI政策を立案し、さまざまなテクノロジーを実装した社会を作りつつあるんだな、と実感した。
本書『超ヒマ社会をつくる』(ヨシモトブックス 発行、ワニブックス 発売)の著者、中村伊知哉さんは、訳あって10年前から常に羽織ハカマ、「毎日が正月」という人。経歴も変わっている。1961年生まれ。京都大学経済学部を卒業後、大阪出身の女性バンド「少年ナイフ」のディレクターを務めた。そして郵政省に入省、通信と放送の融合を図る政府・電気通信審議会の事務局などを務める。アメリカのMITメディアラボ客員教授、スタンフォード日本センター研究所長を経て、2006年から慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。内閣府知的財産戦略本部委員会座長などのほか、20件以上の公益法人やプロジェクトなどの社会起業を続けてきた。
本書はずっと何かを作り続けてきた中村さんの履歴書であり、マニフェストだという。一言で言えば、「超テックがもたらす、超ポップ、超スポーツ、超教育、超都市、そして超ヒマ社会」の姿を示している。単に予測するのでなく、「政策屋」としてすべてかかわっているのだから、「超人」みたいな人だ。
汎用AIが登場すれば、人の仕事はかなり奪われる。駒澤大学・井上智洋准教授の「人口の1割、1000万人しか働かない未来になる」という予言を紹介している。それは2030年ごろ、令和10年ごろになると想定する。
「ヒマになっても、ヒマつぶしのために人は仕事する。その仕事で報酬を得られなくても、生産に寄与する行為を続ける。本人が仕事と思っていても、周りから見れば遊んでいる。そんなことを大勢がするだろう」 「本気の遊びが重みを持つ。娯楽やスポーツ、恋愛や食事、芸術活動、創作活動。勉強や学習もそうだ。従来の仕事、報酬を得るための苦行ではない全てのことに9割のエネルギーが注がれることになる」
そうした未来予測の中に、中村さんの過去の仕事の記述が挿入され、「へえー」と思う。例えば、ネット前夜の1992年、郵政省に作った「ニューな茶のみ環境を考えるハイエージメディア対策本部」という研究会。委員はいとうせいこう、しりあがり寿、AV女優の豊丸、宜保愛子らで中村さんが事務局。盆栽翻訳通信(?)などの案が出たそうが、そういう未来を展望する作業が今改めて必要だという。
ところで、有給労働の総量はAI導入によって確実に減少する。AI企業の従業員だけが儲かって、後は失業しないかという疑問が残る。うまく収める回答案がベーシックインカム(最低限生活保障、最低限所得保障)だと提案する。働いている、いないに関わらず、国民全員に生活に必要最低限のお金を支給するものだ。
スイスは1人月28万円を提示して国民投票にかけ、否決されたという。日本の研究者の試算では一人月10万円弱として60兆円の課税が必要だという。引き換えとして社会保障廃止が実現できるのか? 中村さんは副業、兼業が当たり前になると予測する。
先の話はともかく、来年(2020年)二つのプロジェクトが動き出す。一つは来年開校する「i専門職大学」(仮称)の学長に中村さんは就任する。慶應は辞めるそうだ。タテ糸はデジタル、ヨコ糸はリベラルアーツのプロフェッショナル教育で文理融合の即戦力となる人材育成をめざす。授業の大半はオンラインで行う。全員が企業インターンに行く。すでに100を超える企業から協力の申し出があるという。
もう一つは、東京・港区の竹芝で街開きする「ポップ・テック特区CiP」だ。CiPとはコンテンツ・イノベーション・プログラムのことで、コンテンツやIT産業の集積するデジタル国家戦略特区を作るプロジェクトだ。すでに竹芝地区は国家戦略特区に認定されているので、電波特区などの具体的な規制緩和を検討しているところだ。「21世紀の出島」をめざしている。
本稿では割愛したが、AIなどに関わる具体的な構想やプロジェクトがたくさん紹介されている。ビジネスチャンスはまだありそうだ。『超ヒマ社会をつくる』と銘打ちながら、その当事者たちがヒマになることはないようだ。
竹芝がそういう特区になっているとはまったく知らなかった。全国にさまざまな特区があるが、なんと言っても「デジタル国家戦略特区」だ。日本の将来を担う分野の特区になると予想される。先日本欄で紹介した『未来の地図帳 人口減少日本で各地に起きること』(講談社現代新書)で、2045年、全国で人口が増えているのは東京都だけと国が予測していることにふれた。こうした先端の仕事があるからこそ、東京に人は集まってくるのだろう。
東京で経済を回し、地方は仕事がなくベーシックインカムで人々は生活する。そんな二極化した国になるのだろうか? 二つの本を合わせて読み、そんな薄ら寒い未来を想像した。
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