タイトルと表紙を見ただけでは、どの小説が面白いのかわからない。とりあえず、新聞広告や書店の新刊コーナーをチェックする人が多いのではないか。しかし、刊行から数年経っても面白さの鮮度を保っている小説がある。
中田永一さんの『吉祥寺の朝日奈くん』もそんな一冊だ。本作は2009年に祥伝社より単行本として刊行され、12年に文庫化された。18年には4刷となり、オリジナルのカバーの上にもう1枚カバーが施されている。
そのカバーをはずして裏を見ると、乙一氏からの推薦文が読めるという仕掛けが。ご存知の方も多いと思うが、中田さんは「乙一」「山白朝子」のペンネームも持ち、それぞれに作風を変えて執筆している。
「この作者は【嘘】をテーマに物語を作る。......今作では、だれが、どのような嘘をついているのか、ミステリ的な味付けが興味深い作品だ。晴れやかなような、もの悲しいような、そういう余韻を目指した、と中田永一君は言っていたよ。」
「作者の中田永一君は、まるでスナップ写真を撮るみたいに、ある時代の吉祥寺の一場面を短編小説内に記録した。......この小説の本質にあるのは、作者が吉祥寺という町にむける恋愛感情だったのかもしれない。」
推薦文が隠されていること、自身から自身へ推薦文を書いていること。これらのひねりが、表題作の展開の意外性と共通している。
本書は「交換日記はじめました!」「ラクガキをめぐる冒険」「三角形はこわさないでおく」「うるさいおなか」「吉祥寺の朝日奈くん」の5話が収録されている。5話すべて、ページをめくるごとに深く穴を掘り進めていくようだった。登場人物の抱える背景や関係性など、最初に説明し尽くすのではなく、徐々に色を重ね輪郭をくっきりさせていく書き方だと感じた。
朝日奈くんは、吉祥寺の喫茶店に通いつめていた。目的は、背の高い、細身で美人の店員・山田真野に会うため。ある日、店内にいたカップルが痴話げんかを始め、女が投げた椅子が朝日奈くんを直撃した。朝比奈くんは負傷したが、心配して寄ってきた真野と初めて話すことに成功した。
ところが、真野は既婚者であり、3歳女児の母親だった。朝日奈くんは、兄の結婚式で神父が聖書から引用したイエス・キリストの言葉「いつまでものこるものは、信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。」を何度も思い出す。
もちろん朝日奈くんは「仰々しい儀式を経て契約し夫婦となった二人のうちの、たとえば奥さんと僕がおつきあいをするというのは、これは一般的にかんがえて不道徳なことにちがいない。」と思っている。
しかし、真野の夫が仕事で不在の時など、娘をまじえて公園に出かけたり、真野と手が触れ合ったりして、二人の距離は縮まっていく。真野はある時「うちを円満な夫婦だと決めつけないでほしい」と漏らし、夫との不仲を匂わせる。夫と喧嘩した真野はついに、娘をつれて家を飛び出し、朝日奈くんの家に泊まる――。
作品の嘘にしっかり騙されて物語を楽しむ読者が9割以上、その先の展開を予想できる読者は1割以下ではないか?
中田さんは、2005年に恋愛アンソロジー『I LOVE YOU』に収録された「百瀬、こっちを向いて。」が話題に。08年に同タイトルの作品集でデビューすると人気沸騰し、映画化されベストセラーとなった。本作『吉祥寺の朝日奈くん』はミステリー仕立ての恋愛小説として注目され、11年に映画化された。本欄では『私は存在が空気』(祥伝社)を紹介済み。
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