ミステリー作家として活躍する乙一さんは、ある時期から別のペンネームでも作品を書いている。本書『私は存在が空気』は、乙一さんが中田永一の名前で発表した作品だ。超能力を持つ若者6人が大切な人のために力を発揮し、躍動する短篇集。2015年に祥伝社より単行本として刊行され、18年に文庫化された。以下の6話が収録されている。
行ったことのある場所なら国内外問わず「ジャンプ」できる(「少年ジャンパー」)。空気のごとく気配を消すことができる(「私は存在が空気」)。彼氏と手をつないでスクランブル交差点を渡ろうとすると、渡り終えた時に見知らぬ人の手首をつかんでいる(「恋する交差点」)。懐中電灯の光を浴びて縮小する(「スモールライト・アドベンチャー」)。くしゃみをすると畳や壁に焦げ跡が生じるなど、火を発生させることができる(「ファイアスターター湯川さん」)。透明な腕を持ち、遠くの物体を触って動かすことができる(「サイキック人生」)。
超能力は完全に物語上の出来事だと思っていたが、驚いたことに現実に確認されている力もあり、無意識に火を発生させる力は「パイロキネシス」と呼ばれるという。1965年にブラジル、83年にイタリア、86年にウクライナで、火の気のない場所で火事が発生した例があり、それらは「特定の少年や少女がいた場所でのみ発生しており、彼らがパイロキネシス能力により無意識に火を生じさせたもの」とも言われている。
中田永一としての作品は、2008年に『百瀬、こっちを向いて。』で単行本デビュー。12年に『くちびるに歌を』で小学館児童出版文化賞を受賞。『百瀬、こっちを向いて。』は14年、『くちびるに歌を』は15年に映画化された。
このほか「山白朝子」名義も持ち、「中田永一」は恋愛、「乙一」はミステリーやホラー、「山白朝子」は怪談というように、名義ごとに作風を変えて執筆しているという。3つのペンネームを使い分ける作家は、珍しい。
本書の主人公は、顔面があまりにも醜く引きこもる少年、「そこらへんに落ちている石ころのように人畜無害」で周囲から存在を認識されない少女など、何かしらのコンプレックスを抱えている。同時に、その大きなマイナスを吹き飛ばすほどの不思議な力が備わっている。
「サイキック人生」の主人公は、クラス内で「天然」と言われることに悩んでいた。皆に「ぎゃふん」と言わせようと、自分の念力を利用して仲良しグループに心霊現象をしかけることを思い立つ。結果、やり過ぎてクラス全員が恐怖し、登校不能な状態に陥ってしまう。
「私は天然という役割を演じる。みんなと共有する場を大事にしたかったし、そのために演じる行為は、いわゆる音楽のセッションみたいなものだ。だけど、みんなとわかれてひとりで電車に乗っているときなど、つかれてため息が出てしまう。天然という枠組みに押しこめられて窮屈に感じていた部分があったのだろう」彼女は、自分が唯一自然体で話せる男子生徒に恋心を抱くことで、クラス内での自分の立ち位置に対する違和感、心の中の引っかかりに気づく。レッテルを貼ったり貼られたりしたことは、主人公と同じ10代の頃は特に多かった気がする。人間関係の築きづらさが書かれていて共感できるし、周囲のノリに流されず主人公が自分を理解して大切にしようとするところがいい。 (BOOKウォッチ編集部 Yukako)
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