本書『世にも危険な医療の世界史』(文藝春秋)を読むと、現代に生まれた幸運と幸福をしみじみと感じることだろう。本書の原題は『インチキ療法 最悪の治療法の歴史』。意図したインチキ療法も多数紹介されているが、それよりも善意で長い間行われてきた誤った治療法がいかに多かったかに戦慄するばかりだ。
たとえば古代ローマの医学者ガレノスは『ヒポクラテス全集』を基に四体液説を唱えた。人体は血液、粘液、胆汁液、黒胆液の四種類からなり、これらのバランスが崩れると病気になると説明した。
これに従って、血管を切って血を抜く(瀉血)など手荒い治療法は、19世紀に病理解剖学が誕生するまで行われた。アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンは風邪をひいた時に2リットル以上の血を抜かれて亡くなったという。瀉血療法によって亡くなった人は数えきれない。
このほかにも犠牲になった有名人は多い。リンカーンは水銀入りの頭痛薬を服用し、重金属中毒になり症状はさらに悪化した。ダーウィンは強壮剤としてヒ素を飲み続け、肌が浅黒くなってもやめられなかった。エジソンはコカイン入りワインを愛し、ハイになりながら徹夜で実験を重ねた。またモーツァルトは体調不良のさなか2リットルもの血を抜かれ意識喪失、翌日に死んだ。
トンデモ療法がこれでもかとばかりに紹介されている中で、評者がもっともぞっとしたのはヒルを肛門から突っ込んで内臓から瀉血させるというものだ。ガレノスの四体液説は19世紀のイギリスでも行われていた。専用の医療用ヒルが使われた。アゴが3つあり、一つのアゴには100本もの歯があるので、つごう300本の歯でかみつかれるのだから、からだの表皮の治療に使うと大きな痕が残った。
医療用のヒルは現在も飼育され治療に使われているというので驚いた。ヒルの唾液腺から分泌される「ヒルジン」というポリペプチドは、血液の凝固を予防、阻止する抗凝血剤として使われているという。
このほかにもこんなぞっとする治療が行われていた。
・ラドンが溶け込んだ放射性飲料水をガブ飲み ・溺れて意識を失ったらタバコを尻に挿し込んで蘇生 ・ペストになったら粘土を食べて解毒 ・傷口には死体から採取した人間の脂肪を塗りつける ・ヤギの睾丸を身体に移植して若返り
20世紀になり、電波が普及すると、これにつけ込んだインチキ療法士が跋扈した。
アルバート・エイブラムスというアメリカの神経科医は、「ラジオニクス」というインチキ治療法を始めた。人間のからだから出る「周波数」を健康な波動に変えることによって、どんな病気も直せると主張した。電気部品をごちゃごちゃにつなげた、もっともらしい機械が道具となった。患者が機械をレンタルする際は、絶対になかを開けないことが条件だった。
インチキ療法は現代でも行われていると思う。評者の父は末期がんの治療として、ここに詳細は書けないが、あまりエビデンスのない治療を内科医で受けた。そのせいで亡くなった訳ではないが、なんの効果もなく、高い治療費だけが残った。
本書の著者の一人、米国の内科医リディア・ケインは「生きたいと強く望むあまりに、物事を正しく評価できなくなっているかもしれない」ということを意識しないといけないと警告する。
もう一人の著者、ネイト・ピーダーセンは米国のフリージャーナリスト。図版や写真が豊富なので飽きないで読める。その分、気分が悪くなることもあると注意しておこう。
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