芥川賞作家の柳美里さんが、東日本大震災の被災地・福島県南相馬市小高区に移り住み、昨年(2018年)「フルハウス」という本屋を開いたことは報道で知っていた。被災地に通う文化人は多いが、移住してまったく新しい仕事を始めたという話は聞いたことがない。よほどの覚悟だろうと思った。
その後、柳さんが南相馬市から少し離れたところにある高校の生徒たちと演劇作品をつくる様子をテレビで見た。柳さんは18歳のとき、「青春五月党」という演劇ユニットを始め、1993年には『魚の祭』で岸田國士戯曲賞を最年少で受賞した演劇人でもあるのだ。
本書『町の形見』(河出書房新社)は、昨年秋に演劇活動を再開した彼女の戯曲などが収められている。震災後に書かれた文学作品は少なくない。しかし、これらの戯曲ほど地元に密着し、亡くなった方々と生き残った人たちの思いに寄り添った作品はないのではないだろうか。演劇の力をあらためて見せつけられた思いがする。
表題作の「町の形見」は、地元の人が舞台監督と音響係を務めるという設定で始まる。舞台監督役の石川さんの自宅は原発事故で警戒区域になって荒れ果て、壊した。災害公営住宅から毎日庭の手入れに通う。音響係役の稲垣さんは石川さんの庭で開かれたつつじの花見会を懐かしむ。ここから俳優たちによる「お花見」が始まる。
次の場面では、かつて原町高校演劇部にいた3人の70代の女性たちと彼女らへの質問者でありプロンプターであり代役の3人の女優が登場する。彼女らの青春のエピソードの後、2011年3月11日と原発事故のあった12日の模様が語られる。そして短歌が朗読される。
ふるさとを返せと叫びたくなりて外に出ずれば満点の星 こみあげる怒りを内に留めおれば五臓六腑は静かに腐る ごおごおと荒れ田をなぶり風がゆく空はどこまでもつきぬけて青
ふたたび3月11日の記憶が語られる。それぞれ津波で流された自宅の住所を読み上げ、幕となる。
南相馬で生まれ育った地元の男女8人と俳優7人がさまざまな形で登場し、重層的に舞台は進む。こうして、あの日を追体験する手法があったのか、と目を開かれた。
もう一つの戯曲「静物画2018」は、震災後に開校したふたば未来学園演劇部の生徒たちと柳さんが共同でつくりあげた作品だ。21歳の時に書いた作品を彼らに合わせて大幅に書き換えた。震災当時に小学生だった彼らの体験と宿題で出された「遺書」という題の作文をもとに、さまざまな記憶が語られる。
二つの作品は実際に上演された。「静物画2018」は、2018年9月にふたば未来学園演劇部の生徒たちによって、「町の形見」は10月に地元の人と東京の小劇場で活躍する俳優によって演じられた。会場となった南相馬市の小劇場は地震前、水道屋の作業場だった。改装前に現状の倉庫のままで舞台にした。「青春五月党」復活公演と銘打った。
本書の巻末に収められた公演のあいさつ文が興味深い。若いころ演出をしたとき、出演者の一人に「柳さんがやっているのは、演出ではなく調教だ。俳優は馬や猿ではない!」と言われ、打ちのめされ、二度と演出はやるまいと誓ったという。今回はまったく違う演出をした。
今年も3月がやってきた。本書を読み、さまざまな「記憶」に耳を傾けてみてはどうか。
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