芥川龍之介は作家であるのみならず、有能な編集者でもあった。「近代日本文芸読本」「モダン・シリーズ」を編集した。自殺した1927年の3年前と2年前だ。いずれも売れなかったそうだが、「近代日本文芸読本」では収録作家からの不評を買った。菊池寛の『芥川の事ども』にそのあたりの事情が紹介されている。「芥川は、あの読本で儲けて書斎を建てた」という妄説、「我々貧乏な作家の作品を集めて、一人で儲けるとはけしからん」などの不平......。掲載許諾手続きの不備が元の誤解による非難だった。
本書『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』(岩波書店)は、もう一つの叢書「モダン・シリーズ」(全8巻51編)から選ばれた20編を収録。芥川本人訳の3編も加えられている。
芥川はミステリーも手掛けた。『アグニの神』『藪の中』など数は多い。いずれも味わい深かった。その意味で芥川が選んだミステリーとはどんなものなのか。評者は興味をそそられた。
主な収録作家・作品は次の通りだ。オスカー・ワイルド『身勝手な巨人』、エドガー・アラン・ポー『天邪鬼』、アンブローズ・ビアス『月明かりの道』。H.G.ウェルズ『林檎』などの有名どころもあれば、ハリソン・ローズ『特別人員』、ベンジャミン・ローゼンブラット『大都会で』、フランシス・ギルクリスト・ウッド『白大隊』、ステイシー・オーモニア『ウィチ通りはどこにあった』など初翻訳や、ほとんど馴染みがないものもある。
選んだのは、柴田元幸さんと澤西祐典さんの2人。柴田さんは村上春樹さんとの共著もある米文学者で東京大名誉教授。澤西さんは『フラミンゴの村』(集英社、すばる文学賞)でデビューした作家・芥川研究者だ。
柴田さんの序文によると、このシリーズはもともと、芥川が旧制高校の教員だったときに、学生向けに作成した副読本だった。その中から、今読んでも面白いと思われるものと、芥川作品と深い関連性を持つ作品を選んだという。
一部をごく簡単に紹介すると、『残り一周』(E.M.グッドマン)は、重病の娘と医師、娘の両親の不幸物語だ。余命を告げるべきかどうかで悩む医師、現実を直視できない親、観念はしているものの死への確信が持てない娘。3者の願望は、医師の死の宣告によって満たされ、幸福がもたらされる逆説の寸劇になっている。
ウェルズの『林檎』は失楽園逸話の後日談だ。アダムとイブの末裔は、目の前にある2つ目の知恵の果実・林檎が食べられない、という現代人の悲劇を描く。
20の作品は、それぞれ作者が異なる。そのため、翻訳も語り口の異なる10人が分担した。10人は「現在日本の英語圏翻訳者のオールスターと言ってもいい」(序文)人たちだ。畔柳和代さん、岸本佐知子さん、藤井光さん、西崎憲さん、都甲幸治さん、大森望さん、若島正さん、谷崎由依さん、森慎一郎さんと編者の2人だ。
本書は「怪異・幻想譚」と題されている。各編は遠い世界の古風な逸話といったオブラートに包まれている。芥川の『歯車』などのような、現実世界のザラリとした触覚や肌寒さといった生理を読後に催されることはない。それでも、そのオブラート越しにあるものは、100年ほど過ぎた今でも、したたかに苦い。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?