なかなか強烈なタイトルの本だ。『火災・盗難保険金は出ないのがフツー 』(幻冬舎新書)。 まさかそんなことないだろう、本当なの、と不安になる。ところがこれが、本書によれば本当なのだ。
もちろん、ちょっと注釈はついている。少額だと、たいがい出る。ところが高額だと、悶着が起きることが多いそうだ。
本書は著者の弁護士、加茂隆康さんが実際に手がけた事案をもとにしている。したがって説得力がある。カネを払わない損保会社名はさすがに匿名だが、じっくり読むと、会社名が分かる。日本を代表するような著名な会社が、様々な理屈を付けて支払いに応じていないことに驚く。
たとえば、火災の実例。消防署の調査で失火とされ、警察でも事件性なしとされているのに、損保会社は保険金目当ての放火を疑う。損保会社が委託した調査会社が、そうした報告書を作って徹底抗戦する。あるいは台風で家屋に被害が生じたケース。明らかに突風で納屋や門が倒れたのに、損保会社は、その前の3.11地震で倒れていたと言い出す。地震後も倒壊していなかった写真を見せても、あれやこれや難癖をつける。このあたり、ちょっと信じがたい話だが、実際に訴訟になっている。
なぜこういうことが起きるのか。著者によれば、損保会社は巨額の保険金をできるだけ支払いたくない。そのため、少しでも疑わしい点があれば、「保険金支払い不能」という通知を被保険者に送り付ける。訴訟になれば、時間も金もかかる。ひょっとすると被保険者側が泣き寝入りしたり、諦めたりするかもしれない。もし訴訟になって負けたら、その時に払えばいい――そうした不埒な考えが、損保に共通するポリシーなのだという。
東京都内の中古ブランドショップに早朝、二人組が押し入った事件も出て来る。ビルのガラス扉を壊し、ショーケースの天板をバールで叩き割って、高級時計や貴金属類を袋詰めにして逃げた。被害総額は約3800万円。予行演習でもしていたかのような早業だった。入ってから退出するまでに1分57秒。彼らが立ち去ってから40秒後に、警備会社が設置していたホギーユニットという装置が作動し、店内に白煙を噴射した。本来なら、賊の侵入を感知してすぐに作動し、視界をさえぎるはずのものだった。
以上のように、状況は防犯カメラにばっちり映っていたが、犯人たちは全身黒装束なので、誰だかわからない。
警察で捜査中の事件ということになる。中古ブランド店は、損害保険に入っていたので、損保会社に賠償を請求した。ところが払わない。内部で手引きした者がいるのではないかというのだ。従業員のタイムカードの提出まで要求された。加茂さんも盗犯専門の元刑事などの応援を求め、3年余りの「死闘」を繰り広げて、ようやく一審判決で勝訴した。
この事案の警備保障会社も損害保険会社も超有名会社。本件判決は新聞記事としても報じられ、そのコピー写真も掲載されているので、社名がわかる。さらに控訴審にもつれ込んだが、一審判決と同内容だった。
一般の読者に身近なのは、最後に出て来る「車の盗難」がらみの話かもしれない。車を盗まれたり、傷つけられたりした場合、だれしも加入している車両保険で補償してもらえるのではないかと考える。ところが著者は断言する。「まず保険金は99パーセント出ません」。
その根拠とされるのは、2007年の最高裁の判例だ。「何者かが盗難事故現場に侵入し、保険の対象物をもち去ったという外形的事実は、被保険者側に立証責任がある」。
車両保険金をだまし取ろうとして、盗難を偽装する悪いヤツがいるからだという。保険会社からは「お車が真実、盗難にあったという事実を確認することができません」「第三者によって傷つけられたかどうか、弊社としては疑問に思っています」という「支払不能」通知が届くことになる。しかし、車の盗難や損傷を被害者側で立証するのは至難だ。
本書で紹介されているのは特異例なのか、それともよくあるケースなのか。評者は実家の台風被害で、本書に名前が出て来る損保会社に、少額とはいえ満額補償してもらったことがあるので、特異例と信じたい。しかし、百戦錬磨の著者は「よくある」という立場だ。本書では近年、全国紙や有名週刊誌でも、「払わない」ケースが再三報じられていることも紹介されている。そういえば、大学生の就職先として人気がある損保の中で、事故対応のセクションに配属されると精神的にまいる、という話をよく聞く。損保会社のスタンスとしては、できるだけ払いたくないわけだし、上司にそのむね強要されたり、逆に被保険者から罵声を浴びたりで、交渉にあたる担当社員は大変なストレスだ。
本書の著者と真逆の立場の人が書いた本では、『損害保険調査員の事件簿』 (朝日文庫)というのがかつて話題になったことがある。交通事故がらみでは柳原三佳さんの著書も知られている。まさかの時が気になる人は、類書も含めていろいろ読んでおくといいかもしれない。
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