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『カムイ伝』の「常識」が揺らいでいる

百姓一揆

 長年の常識が崩れる。日本史の世界では近年、そんな本がしばしば刊行されて話題になる。もちろんトンデモ本ではない。いずれも専門的な学者による学術的な裏付けのある研究書だ。本書『百姓一揆』 (岩波新書)もその系統に入る。

後世の人々が「百姓一揆」と呼称

 著者の若尾政希さんは一橋大学大学院社会学研究科教授。『「太平記読み」の時代』(平凡社ライブラリー)などの著書がある。そのほか、『安丸良夫集』など幾つものシリーズ本にも関わっている日本史の専門家だ。

 著者によれば、従来、百姓一揆は、領主の圧政に対する農民層の暴力的反乱としてとらえられてきた。強権を振るう権力者と、搾取され抑圧にあえぐ民衆。一揆は革命を希求した階級闘争だと位置づけられてきたが、「このような『カムイ伝』さながらの歴史叙述は、現在では通用しない」という。

 いくつかの「証拠」が挙げられている。まず、近年の研究では1638年を最後に、古文書で「一揆」という文言は使われていないことが明らかになっているそうだ。研究者を含めて後世の人々が、様々な出来事を「百姓一揆」と呼称しているにすぎないのだという。

 代わりに当時の幕藩領主が使っていたのが、「徒党」「強訴」「逃散」という文言。もちろん研究者の間ではこれらも「百姓一揆」と呼ぶべし、とされてきた経緯もあるようだが、その実態はどうだったのか。

自由民権運動の前史としての位置づけ

 高校の日本史教科書では、17世紀後半から、村々の代表者が百姓全体の利害を代表して領主に直訴する「代表越訴型」の一揆が増えたと記載されている。佐倉惣五郎ら代表者は死罪に処せられ、死後、義民としてまつられた、という「常識」がある。

 ところが、近年の研究によれば、こうした「代表越訴型」の一揆は史料では確かめられないという説が有力になっているそうだ。この類型の一揆は、近世後期から明治期にかけて作られた義民物語としてつたえられるのみ。それ以前の史料では確認できないという。

 竹槍と蓆旗(むしろばた)を掲げる「竹槍蓆旗」という百姓一揆のイメージも揺らいでいる。明治になってから広まった「虚像」だという。「自由民権期に、運動の前史として百姓一揆が位置づけられ、いわば伝統が創造されて、竹槍蓆旗という暴力が前面に出てくる百姓一揆イメージが形成された」という。

 一方で研究が進んだのは当時の訴訟だ。幕藩領主によって一揆が完全に禁止されたこともあり、紛争は実力行使ではなく、訴訟によって紛争を解決しようとする動きが強まったというのだ。『カムイ伝』に親しんだ読者には、ちょっと物足りない話かもしれない。

「通念」「常識」を疑う

 著者によれば近世の日本は訴訟が普通に行われていた社会。それが何らかの理由でこじれたときに百姓は強訴へと進む。したがって「一揆物語」には、利害が対立する様々な人々の関係性が織り込まれており、どういう立場の人が何を意図してこの物語をつくったのか、それを読み解くことで、領主層から民衆まで様々な人々の意識・思想のありようが解明できるとしている。そして、「通念」「常識」とされていることに疑念を抱き対象化する必要性を強調している。巻末には多数の参考文献、関連書籍が列記されている。

 本欄では日本史の通説を揺るがしたり、意外なところに注目した本として、『潜伏キリシタンは何を信じていたのか』(KADOKAWA)、『陰謀の日本中世史』(KADOKAWA)、『蒙古襲来と神風』(中央公論新社)、『図説 明智光秀』(戎光祥出版)、『武士の日本史』(岩波書店)、『飢餓と戦争の戦国を行く』(吉川弘文館)、『青い眼の琉球往来』(芙蓉書房出版)、『出島遊女と阿蘭陀通詞--日蘭交流の陰の立役者』(勉誠出版)なども紹介している。 (BOOKウォッチ編集部

  • 書名 百姓一揆
  • 監修・編集・著者名若尾 政希 (著)
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日2018年11月20日
  • 定価本体820円+税
  • 判型・ページ数新書判・240ページ
  • ISBN9784004317500
 

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