夭折歌人として最近しばしば話題になっている。本書『えーえんとくちから』(ちくま文庫)の著者、笹井宏之さん。26歳で亡くなったのはもう10年も前のことだ。2019年に故人の名を冠した「笹井宏之賞」が創設されたこともあり、改めて注目されている。本書も、そうした動きに呼応して刊行されたようだ。
笹井さん(本名・筒井宏之)は1982年、佐賀県有田市生まれ。2004年から作歌を始めて05年、連作「数えてゆけば会えます」で第4回歌葉新人賞。07年、未来短歌会に入会し、同年度の未来賞。08年の第一歌集『ひとさらい』も各方面で高い評価を受けたが、09年に亡くなった。
宏之さんは10年ほど自宅で療養生活を送っていた。『ひとさらい』の「あとがき」で書いている。
「病名は、重度の身体表現性障害。自分以外のすべてのものが、ぼくの意識とは関係なく、毒であるような状態です・・・どんなに心地よさやたのしさを感じていても、それらは耐えがたい身体症状となって、ぼくを寝たきりにしてしまいます」。
没後の11年に作品集『えーえんとくちから』(パルコ出版)が出版された。今回は同書の文庫化だ。父の筒井孝司さんの「あとがき」によると、宏之さんが書き綴っていたブログには、短歌や詩とともに楽曲も記録されていた。「自分の体と心の調子を整えながら、音を、そしてことばを紡いでいたのでしょう」と父は推測している。ピアノが大好きで、そのほかフルート、ギター、サックスなどを体調の良いときは演奏していたという。
本書のタイトル「えーえんとくちから」というのは、いったい何のことかと思った。本書を読んで、「えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力ください」という短歌から採っているということがわかった。この一首に象徴されるように、笹井さんは語感とリズム感が鋭敏で、歌にはひらがなが多い。
「しっとりとつめたいまくらにんげんにうまれたことがあったのだろう」 「切れやすい糸でむすんでおきましょう いつかくるさようならのために」 「ふわふわを、つかんだことのかなしみの あれはおそらくしあわせでした」
勝手な類推で恐縮だが、やわらかい日本語で人気がある谷川俊太郎さんの詩を、短歌という型に移し替えたかのようだと思った。本書の冒頭には「短歌というみじかい詩を書いています」という本人の言葉も記されている。
ページをめくると、「わたくしは水と炭素と少々の存在感で生きております」という歌もあった。谷川さんの『二十億光年の孤独』という有名な詩を、たった一行に凝縮したような緊迫感がある。
父親の孝司さんは有田焼の仕事をしながら、有田焼の啓もうのため碗琴演奏者としての活動も続けている。碗琴とは、有田焼の茶碗や鉢、湯呑みなどをピアノの鍵盤ように並べて、鉄琴や木琴などに近い音を出す楽器演奏だ。孝司さんは内外の様々な場所で演奏しているが、いつも、碗琴の腕を並べた卓上の中央には宏之さんの歌集を置いて気持ちを一つにしているそうだ。
没後10年、いまも父の心の中で「夭折歌人」は生き続けている、と感じた。
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