地方の旅行先で、都市の通勤・通学路線で慣れ親しんだ鉄道車両に出くわし、しばし懐かしい思いにひたることがある。場所によっては、そうした車両が観光資源にもなっている。
本書『電車たちの「第二の人生」』(交通新聞社)では、大都市圏でのハードな役割を終え地方に送られ、なお健気に走る名車たちの現在を紹介。軌道が変わっただけという簡単な話ではなく、新しい場所での再生にはそれなりの適応が必要であり、だからこそ電車たちの「第二の人生」は郷愁を感じさせるらしい。
地方鉄道でいかにも使い古された様子の車両が走る姿は以前から、鉄道ファンにとっては撮影などの対象ではあったが、それが、地元の利用者には、大都市からの「お下がり」であることで、なにやらへこんだ気分になる雰囲気もあったという。
ところが本書によると、1990年代になってお下がりの車両に「変革」が発生。車両の製造技術が長足の進歩を遂げて、JR各社や大手私鉄で30年ほど使用されたあとでも外見では劣化がみられなくなり、地方に引き取られても利用者の抵抗感もなくなり、中古車両の活躍の場が一層ひろがった。
2000年代に入り大都市圏の電車の車両はさらにグレードアップ。相当の使用年数を経たものでも「中古車両」のイメージはほとんどなくなる。「鉄道業界で活躍する著名なデザイナーが車両に意匠を施した後に営業運転を始める例も現れ、地方旅客鉄道のなかには『元〇〇鉄道の電車』と逆に積極的にアピールするケースすら見られる」ようにまでなった。
地方鉄道で「元〇〇鉄道の電車」として、とくにウリになっているのは、JRや大手私鉄の特急車両だ。2011年公開の富山地方鉄道の運転士のドラマを描いた映画「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」では、西武鉄道の「レッドアロー」が登場して話題になった。
本書では、小田急電鉄「あさぎり」から転じた山梨・富士急行の「フジサン特急」や、やはり小田急の展望室付き特急ロマンスカーが前身の長野電鉄の特急「ゆけむり」などがカラーグラビアや、詳しい解説で紹介されている。長野電鉄には、JR東日本の成田エクスプレスが前身の特急列車も。カラーグラビアではほかに、東京地下鉄の銀座線車両が熊本電鉄で、屋根にパンタグラフをつけて余生を送るという珍しい姿も見られる。
小田急のロマンスカーは私鉄特急を代表する人気車両の一つ。各地の鉄道で余生の運行を続けていることが本書で述べられている。だが、なかには「第二の人生」がうまくいかなかった例もあった。
1957年に登場した初代ロマンスカーの「3000形」。80年代に入り老朽化が目立ち、83年3月に廃車となり、すでに蒸気機関車(SL)牽引の観光列車で知られるようになっていた静岡・大井川鉄道に請われて譲渡された。同年4月から同社の路線で営業運転に就いたがSLほどの人気は得られず、87年には運用を外れて休車となり車庫入りとなってしまった。
この初代ロマンスカー車両は「この電車だけで何冊もの書籍が生まれているほど、後の車両にもたらした影響は大きかった」というモデル。本書ではまた「車体のデザインは大変先進的で2020年の新車といわれても全く驚かない」と評されている。
だが休車後は放置されたまま92年に廃車に。車体の傷みがひどいため保存はならず93年に解体された。本書によると、小田急側は当初、この3000形譲渡に抵抗を感じていたものの、大井川鉄道が大切に扱うとしたことから決断したという。この一件のあとは両社の間で譲渡や譲受は行われていないそうだ。
大井川鉄道は、SL観光列車や小田急3000形のほか、全国の私鉄各社の看板車両を譲り受けて運行。関西の南海や近鉄、青森の十和田観光電鉄で使われていた東急電鉄の車両などに乗車できることで鉄道ファンらの人気を集めている。
著者の梅原淳さんは1965年生まれの鉄道ジャーナリスト。大学卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)に入行し、2年後に、鉄道ジャーナル月刊「鉄道ファン」の編集者に転じた。その後、別の雑誌、情報誌の編集に関わり2000年にフリーとなって独立した。以降、鉄道関連を中心に著作を重ねている。
本書では、単に電車の「第二の人生」を追って報告するばかりでなく、電車の譲渡や譲受が決まるプロセスや、車両の寿命、地方鉄道が自社に合わせた改造をしてまで中古車両を導入することの採算性など、経済面やビジネス面からのルポも充実。数々のデータを引用した分析は説得力豊かだ。
鉄道ファンならずとも、とくに東京から地方にでかけると、各地の鉄道で、東急電鉄で活躍していた車両が多いことに気付く。本書の第3章「『第二の人生』電車が活躍する鉄道会社」のなかで、代表的なものとして、富士急行、長野電鉄、一畑電車(島根県)が紹介され、これらに加えて送り出す側として東急だけをピックアップしている。それによると、東急車両はやはり「全国で活躍中」で、同社グループが流通体制を整えていることを知り納得した。
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