読むべき本、見逃していない?

清盛「南都焼き討ち」からの興福寺復興描く

龍華記

 今年10月、世界遺産の奈良・興福寺で江戸時代の火災から301年ぶりに中金堂が再建され、落慶法要が営まれた。本書『龍華記』(株式会社KADOKAWA)は、この機会をとらえて刊行されたもの。帯に「興福寺中金堂再建落慶記念作品」とうたわれている。著者の澤田瞳子さんは、同志社大学で文化史学を専攻し同大大学院で奈良時代の仏教制度を研究したという歴史小説家で、『満つる月の如し 仏師・定朝』で新田次郎文学賞を受賞。ほかに、いずれも直木賞候補となった『若冲』『火定(かじょう)』などがある。これらの作品と同じく本書でも、史実にフィクションを融合させ、そこに息づく人間たちを描き出す筆力は圧倒的だ。

「龍」は燃え落ちる五重塔

 中金堂はこれまで7度の焼失を経験し、そのたびに再建されてきた。物語の舞台は、平安末期の4度目の被災にまで遡る。

 治承4年(1180年)平清盛の命のもと、奈良は劫火(ごうか)に包まれた―。歴史に残る「南都焼き討ち」である。興福寺をはじめとする寺々が焼かれ、多くの無辜(むこ)の人々が命を落とした。本書は源平の時代、「驕る平家」の凋落を背景に、終わりの見えない怨みと復讐の連鎖の中を懸命に生きる人々を描いた物語だ。タイトルは、焼き討ちの際に緋色の龍のようになって燃え落ちる興福寺の五重塔の姿から取られたもののようだ。

 主人公は興福寺に身を置く悪僧・範長。悪僧とは「悪い僧」ではなく、僧兵のことをいう。この時代の「悪」には「強い」という意味がある。

 範長は、左大臣・藤原頼長の末子という高貴な出自から幼いころに、将来別当となるべく、この藤原一族の氏寺に入った。しかし藤原摂関家は、朝廷が天皇方と上皇方に分裂して衝突した保元の乱に巻き込まれ、祖父と父親は失脚、範長もまたその立場を追われてしまう。そして今、寺の主となっているのは戦いの勝者となった頼長の兄、藤原忠通の四男、つまり、範長の従弟(いとこ)に当たる信円だ。同族である2人の立場は、保元の乱を境に大きく隔たってしまったことになる。因縁深い2人の周辺には若き仏師・運慶が配され、これが物語では異彩を放つ。

驕る平家の...

 平家に逆らう南都の寺々の勢力を削ぐため、清盛は大和国を監視する国検非違使(くにけびいし)を派遣。その南都入りを食い止めようと、悪僧らが大挙して国境に向かうところから物語は大きく動き出す。

 思わぬ成り行きから範長は検非違使別当を殺害。これをきっかけに、国境での小競り合いは激しい戦いとなり、その結果、60余の平家の武将の首を猿沢池の端にさらすことに。清盛は報復のため平重衡を総大将とする5万の兵を送り込み、奈良の主要部は灰燼(かいじん)に帰すことになってしまった。

 自らの行動が取り返しのつかない惨劇を引き起こしたことに苦しむ範長は、ひょんなことから平重衡の養女・公子に出会う。公子は養父による破壊行為の罪を償おうと孤児たちを「般若坂」の廃屋に集め面倒を見ていた。範長は、その自分の行為に欺瞞を感じながらも、子供たちの世話を引き受け、般若坂に通いはじめる。これを知った信円は、公子を仏敵として討ち取るよう悪僧たちに命じ、般若坂の小屋は火に包まれる─。

怨みや復讐の輪廻から逃れられるのか

 作品に満ちているのは人間の業ともいうべき怨みや復讐の輪廻。憎しみが憎しみを生み、復讐が復讐を呼んで悲劇が重なっていく。作品のなかでは「怨みごころは怨みを捨てることによってのみ消ゆる」という釈尊(釈迦)の教えが繰り返され、読者は「人は憎しみの輪廻から逃れることができるのか」という根源的なテーマを念頭にしてストーリーを追うことになる。

 仏師・運慶は、憎しみを呑みこみ、それを糧に仏像に向かう。そして、懊悩の末、人々の憎悪を一身に背負い静かに死を受け入れる重衡。範長は、憎しみから離れて「祈り」に僧としての生きる道を見出し、興福寺を出る─。登場人物たちが身をもがきながら恩讐を越えていく姿は胸を打つ。

「平家物語」外伝として

 終盤、信円は悪僧らと攻め込んだ荒れ寺で、範長に再会する。2人が相対するこの場面は作品のクライマックスとしてとりわけ印象深い。興福寺の復興に奔走する中で孤独を深めていった信円に、範長は「わたしは僧であるはずなのに、弱き者の一人すら救えなかった」と語りかけ、崩れかけた堂舎に残る仏像を信円に託す。仏像は憎しみの輪廻に成り代わり、人の祈りを引き受けるもの─。範長の思いと人々の祈りを受け取った信円は「自分はきっと、最早一人ではない」と、新たな道へ歩み出してゆく。

 時代が大きく移っても、人は相変わらず他者への憎しみを容易には捨てられない。一方で、何かを願い、祈る心も変わらない。そんな人間の愚かさや哀しさ、そして愛しさまでが描かれ、「平家物語」の外伝としても読むことができそうな力作だ。

 J-CAST BOOK ウォッチでは先に『阿修羅像のひみつ 興福寺中金堂落慶記念』(朝日新聞出版)を紹介している。

  • 書名 龍華記
  • 監修・編集・著者名澤田瞳子 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2018年9月28日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六変形判・328ページ
  • ISBN9784041072158

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