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硬派の放送ジャーナリスト、故・ばばこういちさんの娘は手ごわい

日本が売られる

 『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波新書、2008年)でセンセーションを巻き起こし、その後も『政府は必ず嘘をつく』(角川SSC新書)、『沈みゆく大国 アメリカ』(集英社新書)、『核大国ニッポン』(小学館新書)と精力的に話題作、問題作を出し続けるジャーナリスト、堤未果さんの最新刊が『日本が売られる』(幻冬舎新書)だ。

 北海道の山林などが中国資本に買われているという話はしばしば耳にするが、それ以外にも売り飛ばされているものがあるのか。日本人なら誰しも、気になるところだ。

水道代が値上がり

 本書はまず「水」の話から入る。日本の水はおいしいといわれる。名水、すなわちブランド水が買われているのかと思ったら、そうではなかった。普通の水道が買われ、売られているというのだ。

 著者はまず世界の「水」をめぐる状況から説き起こす。アジアで「水道水が飲める」のは日本とアラブ首長国連邦のみ。世界的にも15か国しかないという。日本では「水と安全はタダ」と思われているが、安全で安価な水を安定的に確保できる国は多くない。そこで「水ビジネス」が跋扈する。

 すでに1990年代から本格化しており、世界的な水ビジネス企業に自国の「水道」を牛耳られている国は少なくない。「公営」の水道を売り渡した結果、当初は「民営化で安い水を供給する」という触れ込みだったのに、実際には水道代が値上がりして、利用者負担が増えている国が少なくないというのだ。世界的にはそうした「失敗」に凝りて、国や自治体による「買戻し」の動きが強まっているという。

 ところが日本では、教訓が生かされず、今まさに海外の企業に「買われている」。18年5月には企業に公共水道の運営権を持たせるPFI法を促進する法律が可決した。企業に運営権を売った自治体は、地方債の一括繰り上げ返済の際に、利息を最大で全額が免除されるという「特典」がある。財政難の自治体にとっては有難い。水道料金は、「届け出」によって変更できるようにされ、企業の意のままだ。

 すでに松山市の浄水場の運営権は世界最大の水ビジネス企業であるフランスのヴェオリア社が手に入れている。大阪市は18年6月から、市内全域のメーター検針や水道料金徴収業務をヴェオリア社の日本法人に委託した。宮城県は20年から、県内の上下水道運営権を民間企業に渡す方針だという。

 まさに世界の潮流に逆行する話が、日本で進行している。大手マスコミはほとんど報じていないので、国民は気づいていない。

たった一人でシンクタンク

 本書は第1章「日本人の資産が売られる」で、水のほかにも土、タネ、牛乳、農地、森、海などを、第2章「日本人の未来が売られる」で、労働者、仕事、学校、医療、個人情報などを、第3章「売られたものは取り返せ」で、世界各国で「ハゲタカから身を守る」動きが強まっていることを報じている。

 著者は日本の高校を卒業後に直接アメリカの大学に進んでいる。「貧困大国」で指摘した最新米国事情だけでなく、国際的な視野をもとに、グローバル企業への関心が高い。民営化や規制緩和、TPPといった近年の大きな流れが、私たちの生活にどのような影響を与え、どんなリスクがあるのか、ということに厳しい視線を向けている。

 「経済が、国家の枠をはみ出して暴れ回っている」というのが著者の世界認識の根っこにある。そうした暴走から国家や国民がどうすれば身を守ることが出来るのか。それが、一貫した問題意識となっている。

 霞が関の役人は、おおむね規制緩和の流れに身を任せ、法改正などで「日本を売る」側だ。しかし、地方の自治体などではしぶとい抵抗があることなども報じている。

 ジャーナリストの矢部宏治氏は、堤さんのことを「たった一人で『日本社会の崩壊を食い止めるシンクタンク』をやっているような人だ」と評している。確かにこれだけ広範囲に諸問題をウォッチし、しかもそれぞれに通底することを抉り出し、警告するのは容易ではない。堤さんの夫は参議院議員の川田龍平氏だが、父親は硬派の放送ジャーナリスト、故・ばばこういちさん。何か納得できる気もした。

  • 書名 日本が売られる
  • 監修・編集・著者名堤 未果 著
  • 出版社名幻冬舎
  • 出版年月日2018年10月 4日
  • 定価本体860円+税
  • 判型・ページ数新書・291ページ
  • ISBN9784344985186
 

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