今年さまざまなことがあった相撲界。開催中の平成最後の九州場所に及んでも3人の横綱がそろって休場となり波乱が止まない。「さまざま」あったことでメディアの露出も多かった相撲界だが、その独特のしきたりや慣習などで、一般のファンには分かりにくいことも数々あった。大相撲アナウンサーとして長く活躍し、10月29日に亡くなった銅谷志朗さんは国技についての著作をいくつか遺しているが、本書『大相撲の魅力』(心交社)は、ベテラン相撲アナの知識や経験を生かして相撲界のことを内側から解説しており、ガイド、事典として観戦のよきお伴になる。
白鵬、鶴竜の休場で一人横綱となり期待を一身に受けることになった稀勢の里だったが、初日から黒星が続き4連敗を喫して、一夜明けた5日目に「休場」することを表明した。横綱が土俵に上がって初日から4連敗というのは、昭和24年(1949)夏場所に1場所15日となって以降のワースト記録。稀勢の里は、重大な決意をするものとみられていた。
「現在の定義では、横綱は力士の地位の最高位で番付の最高位に位置する」と本書で銅谷さんは再確認したうえで、いくつもの関門があることを紹介している。まずは「大関で2場所連続優勝するか、これに準じる成績」に加えて「品格力量が抜群」の評価が必要。これらを備えてはじめて、日本相撲協会では審判部が理事会に横綱審議委員会(7~15人)への諮問を要請する。横審への諮問は、本場所終了後3日以内に開かれる番付編成会議までに行われ、横審では委員の3分の2以上の賛成が必要だ。横審からの「賛成」の答申を受けた場合、協会は理事長が臨時理事会を招集して、ここで昇進を決議し、番付編成会議で推挙となる。
このプロセスのなかで、昇進を見送られた例もあり、これらの関門が設けられているのは決して儀式的なものではない。それだけに横綱の責任は重大。「横綱は負け越しても地位が降下することはないが、あまり休場が続いたり好成績が残せない場合は自分の責任において引退しなければならない」立場だ。
責任重大な横綱だけに、特典も用意されている。「一代年寄」はその一つで「協会に著しい貢献のあった横綱に対してその功績をたたえ、理事会の決定を経て」贈られる。その個人一代限りだけ「年寄」として待遇されるもので、その名跡は継承できない。
「一代年寄」はこれまで3人。昭和の時代には、44年(1969)8月に、当時優勝30回(最終的に32回)を達成した横綱大鵬に、60年(1985)1月に優勝24回の北の湖に、四股名そのままの一代年寄が贈られた。そして平成に入り、15年(2003)1月、22回優勝の横綱貴乃花が引退して、その名誉を受けたものだ。
平成に入ってからは実は、元年(1989)9月に、当時29回優勝(最終的に31回)していた横綱千代の富士の一代年寄が理事会で提案されたが、本人が辞退した。
本書の出版は2009年5月。それ以降に誕生した一代年寄はいない。銅谷さんは「一代年寄を継いだ3人が、今のところ横綱も大関も一人も育てていない。若い貴乃花親方にはまだ時間的にも十分可能性があるので、名横綱、名師匠にあらずというジンクスをぜひ破ってほしい」と述べていた。刊行時、大鵬親方はすでに定年退職(2005年)しており、北の湖親方は50代半ばだった。貴乃花親方は銅谷アナが亡くなる直前に相撲協会を退職した。
銅谷アナは東京生まれで1968年、明治大学卒業後に山陽放送(岡山県)にアナウンサーとして入社。71年にテレビ朝日の前身である日本教育テレビに移籍し、同局が開局(1959年=昭和34年)以来放送していた「大相撲ダイジェスト」を担当するようになり、約20年間務めた。91年(平成3年)フリーに。本書刊行当時は、相撲協会による国技館内放送「どすこいFM」のキャスターを務めるなど、40年以上にわたって相撲取材を続けた。本書では「アナウンサーとして大相撲の実況をやるとは夢にも思っていなかった」と述べている。
「大相撲ダイジェスト」は、その名前のとおり、1日の取組が終わったあとの夜に放送されていたが、オープニングでは結果には触れず、ライブ中継のような臨場感を演出に採り入れていた。こうしたことが夕方の生放送を楽しめない相撲ファンを中心に人気を呼び、若花田(のち横綱若乃花)と貴花田(のち貴乃花)兄弟の活躍で盛り上がった1990年代の若貴ブームのときには高視聴率をマークしたという。
本書ではほかに、大相撲にはつきものの「タニマチ」についてや、国技館をめぐるトリビア、さらには取組中に廻しがとれたらどうなるか―など、時代を通じて共通の相撲あれこれが詰め込まれている。
それにしても、休場を強いられた稀勢の里はこの後どうなるのだろうか。次の場所で奇跡の復活をするのか、それとも・・・。本書で強調されている「横綱の責任」の意味は重い。
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