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将棋映画三部作、トリはサラリーマンからプロ棋士になる実話

泣き虫しょったんの奇跡 完全版

 羽生善治竜王の国民栄誉賞受賞と史上最年少記録を塗り替え続ける藤井聡太七段の快進撃など話題の多い将棋界。サラリーマンからプロ棋士になった瀬川晶司五段の自伝的作品『泣き虫しょったんの奇跡』(講談社文庫)が、2018年9月の同名映画の公開を機会に重版された。

 瀬川五段は昭和45年生まれで羽生竜王と同世代。小学6年生でプロを志し、中学3年生のとき、中学生選抜選手権で優勝し、プロ棋士養成機関の奨励会に入会、6級からスタートした。同年生まれの羽生さんはすでに三段で天才の片りんを現していた。26歳の誕生日までに四段にならなければプロにはなれず、退会しなければならない。12年あるので、間違いなくプロになれるだろうと信じていたのだが......。

 奨励会員でもプロになれるのは2割足らず。厳しい競争が待っている。消えてゆく先輩たちも多い。瀬川さんもプロ入り最後の関門、三段リーグで何年も足踏みする。瀬川さんのアパートは奨励会員のたまり場になっていた。遊びすぎたと反省する。そして四段に昇段できず、退会。「ゼロになった」と感じた。

 26歳からの再スタート。奨励会に通いながらも神奈川の県立高校は卒業していたので、大学法学部の二部に入学、アルバイトをしながら学生生活を送った。一時は将棋をもうやるまいと思ったが、一緒に奨励会入りをめざした親友に誘われ、再び盤の前に坐るようになった。そしてアマチュアの頂点に立ち、プロと対局する機会が増え、勝率7割という驚異的な成績を上げる。プロになれなかった男がなぜプロに勝つのか。

プロジェクトSが始まる

 そして、プロジェクトSが始まる。瀬川さんをプロにするプロジェクトだ。一度、奨励会を退会しているのに、そんなことは可能なのか? 昭和19年に一度だけ例外があった。

 実話なので、多くの棋士が登場する。評者が名人戦などでお見かけした方々の若き日の姿も活写されている。初の編入試験では当時17歳で三段だった佐藤天彦名人と初戦でぶつかり、瀬川さんは負けている。

 映画『泣き虫しょったんの奇跡』では、松田龍平が瀬川さんを演じる。今年、『聖の青春』『3月のライオン』と将棋映画が相次ぎ、将棋三部作と言われている。将棋がブームということもあるのだろう。映画公開を前に羽生竜王と対談した瀬川五段が「羽生先生のおかげです」と礼を言ったそうだ。将棋雑誌で「プロになるのに年齢は問わないでいいのでは」という趣旨の発言をしたことが、編入試験実現への追い風になったことへの感謝だった。羽生竜王は「いえいえ、年齢は関係ないという道をつくったのは大きなことですよ」と、瀬川五段の功績を称えたという。

 瀬川五段はサラリーマン時代、NECの関連会社にいた縁で、2006年から同社所属になった。日本将棋連盟のプロ棋士では史上初の企業所属棋士だった。

 その後、編入試験からプロをめざす人もいるが、瀬川さんを除くとまだ1人しか実現していない。塩田武士の小説『盤上のアルファ』もこうした挑戦者を描いている。しかも瀬川五段の編入試験での戦いぶりは小説以上に奇跡的だった。

 本書は2006年に刊行された単行本に加筆し、文庫化したもの。  

  • 書名 泣き虫しょったんの奇跡 完全版
  • サブタイトルサラリーマンから将棋のプロへ
  • 監修・編集・著者名瀬川晶司 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2010年2月13日
  • 定価本体640円+税
  • 判型・ページ数文庫判・352ページ
  • ISBN9784062765824
 

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