『隠蔽捜査』シリーズで、2017年吉川英治文庫賞を受賞するなど、警察小説の第一人者、今野敏さんが初めて明治時代の警察小説に挑んだのが、本書『サーベル警視庁』(ハルキ文庫)である。山田風太郎の名作、『警視庁草紙』が開化期を舞台にしたのに対し、本書は明治38年(1905年)7月、日露戦争のまっただ中という設定。すでに電話や自動車も警視庁に導入されており、そんなに古さを感じさせない。
東京・上野の不忍池に死体が浮かんだ。心臓を一突きにされた遺体の身元は、近くにある東京帝国大学文科大学でドイツ語を教える講師の高島良造。彼はドイツ語を日本の公用語にと唱える急進主義者だった。同じ手口で陸軍大佐が殺害され、連続殺人が疑われたが、捜査に横やりが入る。
山形県・米沢から軍人になるつもりで上京、警視庁に入った岡崎孝夫という巡査の目から物語が語られる。上司の鳥居警視はべらんめえ口調の江戸っ子。薩長閥が幅をきかせる警視庁にあって、岡崎らのチームはいささか浮いていた。
高島講師の遺体発見現場に現れた私立探偵の西小路臨三郎は、帝国大学の事情に詳しいことから捜査にかかわることになる。彼の師である「黒猫先生」は、夏目漱石がモデルであろう。さらに元新選組の剣客、斎藤一改め、藤田五郎はすっかり老人になっていたが、維新後警視庁に勤めていたこともあり岡崎らを助ける。事件の背後には、権力内部での対立があるようだ。
実在の人物が登場し、文明論を語ったり、事件を解決したりと大活躍する。急激な欧化政策の中での矛盾は、今よりもずっと大きかっただろう。「黒猫先生は何度も俺に言ったよ。これから日本は、うんと苦しむことになるだろうって。今まで、日本という国と日本人という国民とは同じものだった。この先は国民と国が別のものになっていくだろう。黒猫先生はそうおっしゃる」という鳥居警視の言葉が印象に残る。日露戦争後、日本はますます軍国主義へと傾いていく。
著者は関川夏央氏・谷口ジロー氏の『新装版「坊ちゃん」の時代』に強くインスパイア―されたと謝辞を載せている。
本書は2016年12月に刊行された単行本を文庫化したもの。
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