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「日本のダーウィン」が次々と生まれている

多様な花が生まれる瞬間

 チャルメルソウ。ほとんど馴染みのない植物だが、これが本書『多様な花が生まれる瞬間』(慶應義塾大学出版会)の主役だ。ユキノシタ科チャルメルソウ類9属の中のチャルメルソウ属植物を言う。北米と北東アジアに遍在し、特に日本と台湾に集中して分布する多年草だ。これを対象に、変則的なゲノム解析と孤独なフィールドワーク、巧みな実験を総合して、種が分化したメカニズムを追い詰めた。

 著者の奥山さんは京都大理学部を卒業。岩手生物工学研究センターを経て、筑波実験植物園に身を置く進化生物学者だ。論文はこれまでに数多く発表しているが、一般向け書籍は初となる。

チャルメルソウの送粉者を発見

 虫媒花の花粉を運ぶ動物を、植物学では送粉者という。奥山さんが大学3年生(2002年)の夏、チャルメルソウの送粉者は、まだ分かっていないようだった。「これはちょっとした研究になるかもしれない」。それがこの道に入るきっかけだった。この植物は当時、何種あるのかも分からない、ほとんど未開の状態だったのだ。

 送粉者との出合いはあっけなかった。チャルメルソウ(そのうちのモミジチャルメルソウ)が自生する芦生の森(京都府南丹市美山町)で、開花株にたどり着くと、既に数匹の昆虫がいたのだった。捕獲して観察を続ける。やってくるのは同じちょっと細身のハエの仲間だった。キノコバエである。大発見に思えたという。芦生の森の後、モミジチャルメルソウ以外の種での観察や風媒花ではないことを実験で確認。「チャルメルソウの送粉者はキノコバエである」とする初の論文となった。

 奥山さんはその後、大学院在籍中に進化系統の分析にも着手。当時、植物の分子系統分析には葉緑体DNAを使う手法で行き詰っていた状況を、学界で否定されていた核ITSと核ETS(いずれも核DNAの遺伝子間領域)を分析することで打開した。さらにこの方法などを駆使して、着手から10年以上のち、本書のクライマックスである「多様な花が生まれる瞬間」つまり種が分離する際の必要条件を確定。花の香りと、その香りだけに引き付けられる種類のキノコバエが条件であることを突き止めた。ある意味「種の起源」に迫る成果だ。

進化学は様変わり

 本書で紹介される研究のあらすじは、ざっと以上だが、途中で紹介されるエピソードは、研究の過酷さを物語る。深山でのフィールドワークはほとんどが単独、それも長い。道はなく、食事は作ったさつま汁だけ。頼りにしていた観察小屋も倒壊する......。国外では、疲労の中での想像を超える長距離移動。警察官に職質される。また頑迷な論文レフェリーによる学術誌への論文掲載拒否などといったスリリングな場面も展開する。

 人生の岐路に立った時の選択もスリリングだ。博士課程を修了したのち奥山さんは、岩手生物工学研究センターに入る。そこで稲の大敵・イモチ病の研究チームに携わって一定の成果を出しつつあった。なのに、短期間でチャルメルソウに戻る。イネは日本人にとって最も重要な植物だ。普通なら、あり得ない選択のように思える。しかし、奥山さんの研究の足取りをたどりながら読み進めていくと、その選択が当然のように感じるのだから不思議だ。

 本書は2016年から刊行が始まった「遺伝子から探る生物進化」シリーズ全6巻の6巻目だ。「形や機能の差異をもとに論じてきた進化学は、ゲノムや遺伝子解析の発展により、いま大きく塗り替えられようとしている......遺伝子が明かす進化の最前線へと案内する」が監修者の狙いだ。

 シリーズには、ほかに『植物はなぜ自家受精をするのか』(土松隆志)、『新たな魚類大系統 ―― 遺伝子で解き明かす魚類3万種の由来と現在』(宮正樹)、『植物の世代交代制御因子の発見』(榊原恵子)、『胎児期に刻まれた進化の痕跡』(入江直樹)『クジラの鼻から進化を覗く』(岸田拓士)がある。いずれも、研究の成果にたどり着くまでの知的な格闘が生々しく語られている。先行研究が伏線となって最後の謎解きでは、それらすべてが回収される上質のミステリーのように読むことができる。そして何だかチャルメルソウにも親近感がわいてきた。

BOOKウォッチ編集部 森永流)
  • 書名 多様な花が生まれる瞬間
  • サブタイトル遺伝子から探る生物進化
  • 監修・編集・著者名奥山 雄大 著
  • 出版社名慶應義塾大学出版会
  • 定価本体2400円+税
  • 判型・ページ数四六判・196ページ
  • ISBN9784766423006
 

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