動物の意外な実態を紹介して2年前に発売された「ざんねんないきもの事典」(高橋書店)は、今年2月に100万部を突破するなど、上々の人気を博している。本書『気がつけば動物学者三代』(講談社)は「ざんねんな―」の監修者である今泉忠明さんが、動物ととともに暮らしてきたこれまでを振り返った自叙伝。助手、研究者として数々行ってきたフィールドワークは、求めるものの違いはあるが、まるでインディ・ジョーンズの冒険のようだ。
今泉さんは「動物好き」には違いないことを認めているが、その理由は「動物はかわいいから」でなく「動物のことを調べのが好きだから」という。「かわいがるだけであればペットとして飼えば十分。自然の中にいる動物が、どんな場所で何を食べ、どのように生活しているかを調べ、分析するのと、動物をかわいがるのは、まったく別のこと」と考えている。
だから、父親でやはり動物学者の吉典さんの手伝いで始めた「標本作り」についても、淡々と作業をしている様子を述べ、研究のために必要であることを丁寧に説明している。
調査にはいつも前のめりだ。のめり込むあまり命を落としかけたことは数知れないという。まさにインディ・ジョーンズだ。今泉さんの調査はもちろん、悪者に妨害されたわけではない。
その一つは、ニホンカワウソを探しての冒険だ。高知県中村市が国立科学博物館に要請して1972年(昭和47年)に行われた調査に、やはり動物学者の兄と参加したことがきっかけだった。ニホンカワウソはかつては全国に住んでいたのだが毛皮目的の乱獲で激減。65年(昭和40年)に国の天然記念物に指定された。
調査地域は同県の四万十川流域と四国最南端の足摺岬。成果のないまま迎えた4日間の日程の最終日、今泉さんは兄と調査隊と別れて独自に調査を行ったところ存在の痕跡を発見した。今泉さんはさらに居残り調べを継続。ついには足摺岬でカワウソの姿をみつけ、その後も時間がある時に足を運んで独自に調査することを決意する。
独自の調査は文字通り一人きり。カワウソが住むと思われる場所は人があまり行かない場所だ。何があっても助けはいない。細心の注意を払って続けるカワウソ探し。休み場がある渓流の奥に入り喉を潤そうと水をすくっていると頭上から落ちてきたものが...。足元いたのはマムシ。「近づいてきた僕を『敵』と判断し攻撃してきたと思う」。近くに病院があるかどうか分からず、咬まれていたら...。これにはゾッとしたと振り返る。
台風が接近中のある時には浜辺の崖にいて大きな波に襲われた。首まで水につかり「もうダメか...」。そう思った瞬間に潮が引く。こんどは引き潮の「ものすごい力」で体を持って行かれそうに。なんとか岩にしがみつきやりすごすことができた。「この岩がなければおぼれていた」という。
命懸けの単独調査を重ねるにつれ、カワウソをみかける機会は増えてきたのだがカメラが間に合わなかったり、ピンポケだったりという事態が続く。現代のデジタルカメラと違い当時のフィルムカメラは即応性に劣る。それなりの準備が必要だ。あるときにはカワウソが2メートルほどの距離まで近づいてきたことがあったが、必要だったストロボの備えができておらず、できあがったプリントは何が写っているか分からないものだった。
そして、最初に調査に赴いてから2年後の74年(昭和49年)夏、カメラを準備万端にして待ち構えているところにカワウソが現われる。「やったぞ!」としっかり手応えを得た。場所はマムシに襲われた渓流だった。
今泉さんのあと、77年(昭和52年)に地元新聞社の記者が室戸岬でニホンカワウソの撮影に成功しているが、その後は目撃もなく、2012年(平成24年)に環境省のレッドリストで、すでに絶滅していると考えられる「絶滅種」に指定された。
今泉さんはまた、父親の人脈などから富士山で動物をフィーチャーした施設をつくるための調査を依頼され、修復した山小屋を研究拠点に取り組みを始めたことがあった。このとき、修復中の現場から、遺体が発見される騒ぎも。殺人事件被害者だった。調査を始めてしばらくして、今泉さんが一時現場を離れ東京に戻る時期があったのだが、そのときに山小屋は、雪と砂が混じって雪崩のようになる雪代に見舞われつぶれてしまう。「もしこのとき小屋で寝ていたら、生きていなかったかも...」というほどだった。
今泉さんが撮影に成功した生態調査にはほかにイリオモテヤマネコがある。イリオモテヤマネコは、1965年(昭和40年)にその存在が明らかになり、今泉さんの父が「新種」と発表した経緯があるなど、今泉家にとって縁のある動物だ。そこで、この調査ではなんとしても撮影を成功させたいと自分で工夫して「自動撮影装置」を製作。みごとに「史上初」の野生の撮影に成功。朝日新聞や動物の専門誌に掲載され「特別思い入れのある貴重な1枚」という。
今泉さんの冒険は、インディ・ジョーンズとは違って、貴重な成果を得られたことが多かったようだ。
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