「日本人」として参戦したのに戦後の補償が不十分だ――「皇軍兵士」だった朝鮮人や台湾人に対し、国がきちんと対処できていないのではないか、という問題はメディアでしばしば取り上げられている。最近もいくつかの新聞で見た。
台湾人は約20万人が従軍し、約3万人が戦死したそうだ。本書『日本軍ゲリラ 台湾高砂義勇隊』(平凡社新書)は彼らがなぜ戦ったか、どのように戦ったか、詳細な調査で明らかにする。
サブタイトルに「台湾原住民の太平洋戦争」とある。台湾人の中でもとくに「原住民=高砂族」を扱っている。高砂族は当時7つの種族(現在は16)に分けられ、台湾の中でも居住地域や言語、風習が異なっていた。本書を読んで驚くのは、彼らの驚嘆すべき逞しさと活躍ぶりだ。
舞台となっているのは、主にニューギニア戦線。連合国軍に対し、正面戦では劣勢となった日本軍は、ゲリラ戦で抵抗する。日本軍兵士として戦ったのは日本人だけではない。台湾から高砂族出身者も送り込まれた。狩猟民族の彼らは、いわば生まれながらの「ジャングル兵士」。もともと靴を履く習慣がないから、密林地帯を音も立てずに裸足で素早く移動できる。嗅覚、視覚、聴覚など五感が敏感で、鳥の羽ばたきや飛び立ちなどの動きから敵の配置を察知する。ワナを使って、野生動物を仕留めるのはお手の物。ヤシやバナナ以外にも、森の中には食べられる植物がいろいろあることも知っている。飲み水の濾過や野草から水分を得る方法も身につけていた。補給路が途絶え、自給自足を強いられていた日本軍にとっては、貴重な「援軍」「知恵袋」だった。
「サバイバル能力」がズバ抜けていただけではない。「兵士」としての戦闘能力も、ダントツだった。むかしから近隣の部族と紛争が起きたときは「軍団」を組織して戦っていた。「首狩り」の風習を残す部族もあった。星のない深夜の移動でも絶対に道を間違えない。実際の戦闘になると、第一列で突っ込んでいく勇猛さもあった。当時の日本軍関係者の多くは、彼らの戦功に感謝と賛辞を惜しまない。
日本政府は1988年以降、元日本兵の戦死者・戦病死者に対し、1人当たり200万円の弔慰金を払っているが、日本人の受給額とは大きな差がある。恩給もない。元日本兵らは1人500万円の補償を求めて日本で提訴しだが、92年に最高裁で敗訴が確定した。
ではなぜ彼らは「日本兵」として戦うことになったのか。台湾は1895年、清国から日本に割譲され、日本の統治下になった。内地人(日本人)が一等国民、本島人(漢族系台湾人)が二等国民、高砂族(台湾の原住民)は三等国民と位置づけられていた。
最下層とされていた高砂族の一部は1930年、山岳地帯で大規模な反乱に決起する。「霧社事件」だ。100人以上の日本人が殺害された。日本軍が鎮圧に乗り出して逆に約1000人の高砂族が殺されたといわれる。
この事件で、完全に日本に屈服を強いられることになった高砂族にとって、自らの武勇を見せることができる「戦争」は名誉挽回のチャンスだった。当時としては破格の報酬が出ることも魅力だった。男たちは競って「兵士」に応募する。日本軍も、当初は「忠誠心」に疑問を持っていたが、戦況の悪化でもはや逡巡できない。「高砂義勇隊」が組織される。中野学校出身者が彼らを束ね、次々とジャングルに送りだした。
ちょっと驚いたのは、台湾の高原住民とニューギニアなどの現地人との間ではある程度、言葉が通じたということ。地元民懐柔ということでは大いに役立ったそうだ。
1937年の台湾の人口は545万人。そのうち原住民は15万人強。正確な数字は分からないが、6000人ほどが召集され3,4千人が亡くなったのではないかと見られている。
ニューギニアの戦闘は過酷だった。本書では「人肉食」の証言もある。8月15日の後も、しばらく戦いが続いたという。9月中旬になって負けを悟る。それほど情報が途絶えていた。日本では72年に横井庄一さん、74年に小野田寛郎さんが南方のジャングルから生還したが、台湾原住民だった「スニヨン」(日本名・中村輝夫)さんも74年にニューギニア近くのモロタイ島で見つかっている。
著者の菊池一隆さんは1949年生まれ。愛知学院大学教授。『戦争と華僑』などの著書がある。10数年がかりで何人もの高砂族の元日本兵にインタビューを続けてきた。そのうちの一人は、終戦時の現地の様子について、こう証言している。
「日本兵は切腹したり、手榴弾自殺をしたが、高砂義勇隊の隊員は切腹も、手榴弾自殺もしなかった。僕たちまでが死ぬ必要はないでしょう」
著者は、「台湾原住民は『日本人・日本兵』になりきっていたとはいうものの、最後の状況での対処法は異なっていた。『日本人であること』から解放されて、本来の台湾原住民に戻ったともいえそうだ」と書いている。
本書が著者の初めての新書だというが、文章はこなれており、ミステリー的な要素もあって読みやすい。軍は高砂族の男子を戦士として南洋戦線で使う一方で、女性の一部は慰安婦にしていたという話も紹介されている。著者は台湾だけでなく、日本人の引き起こした戦争に巻き込まれ、生活を破壊されて命を失った人も多かった、フィリピンやニューギニアの現地人に対する思いも綴っている。
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