日本史の謎や真相に迫った本が話題だ。なかでも本書『天下分け目の関ヶ原の合戦はなかった』(河出書房新社)は超ド級。誰もが知っている「関ヶ原の戦い」がなかったというのだ。決戦の前日に西軍は降参していたという。
にわかには信じがたい、トンデモ本ではないか...。そう思う人が少なくないかもしれない。とりあえず騙されたつもりで手に取ってみた。
著者の乃至政彦さんは1974年生まれの歴史家。『戦国の陣形』(講談社)、『上杉謙信の夢と野望』(KKベストセラーズ)などの著書がある。NHK「歴史ヒストリア」などにも出演している。もうひとりの高橋陽介さんは69年生まれの歴史研究者。東海古城研究会などに所属し、著書に『改訂版 一次史料にみる関ヶ原の戦い』(ブイツーソリューション)がある。
「関ヶ原」の通説は、徳川家康が率いる東軍と石田三成が率いる西軍が関ヶ原で激突、東軍が勝利、徳川政権樹立につながった、西軍敗北の要因は最終局面で小早川秀秋が裏切ったから、ということになっている。
ところが昨今のめざましい研究成果によって、こうした従来説は次第に通用しなくなっている、と乃至さん。学会で高い評価を得ている最近の説を紹介する。
・徳川家康に天下取りの野望はなかった
・西軍の首謀者は石田三成ではなかった
・家康は合戦中、関ヶ原で戦闘指揮を執らなかった
・小早川秀秋は東軍に鉄砲で脅されて、急に裏切ったのではない
・東軍と西軍が激突する「天下分け目の関ヶ原」はなかった
従来説はどうやってつくられたのか。著者は「一次史料」と「二次史料」という分け方をする。「一次史料」とは研究対象となる時代に書かれた文献を指す。当時の手紙や日記だ。きわめて少ない。「二次史料」とは後年に書かれた軍記や家譜のたぐいだ。読み物として脚色されたり、過大に書かれたりしている。
「関ヶ原」については、17世紀半ば以降の「二次史料」がどんどん膨らみ、より面白く色づけされたとみる。有名な「布陣図」も最初からあったものではない。何と明治26(1893)年に作成された陸軍参謀本部による「日本戦史」の布陣図がもとになっているそうだ。そもそもの出典も根拠も不明で、参謀本部による創作箇所が少なくないという。「100年余り熟読されてきた参謀本部の大業は、もはやそのまま継承することはできない」「これは物語であって史実ではないといわざるをえなくなってきた」と乃至さん。
すでに、テレビや新聞でもこうした「関ヶ原の見直し」が進んでいるとも。調べてみると、2017年8月6日の朝日新聞では歴史担当の宮代栄一編集委員が「異説あり 関ケ原、創作だらけ? 小早川の裏切り、開戦直後/「天下取り」後付け」という記事を書いている。最近の研究書として、別府大学教授・白峰旬さんの『新解釈 関ヶ原合戦の真実』(宮帯出版社)と『新「関ヶ原合戦」論』(新人物往来社)、国際日本文化研究センター名誉教授・笠谷和比古さんの『関ヶ原合戦と大坂の陣』(吉川弘文館)を挙げている。
タイトルに象徴されるように、本書には「後世の創作」「すべて後世の作り話」などという表現がしばしば出て来る。だが、著者はそのことをやみくもに否定するわけではない。
徳川時代の軍記作者が創作し、明治の参謀本部が再編、さらに研究成果を参照しながら司馬遼太郎が『関ヶ原』で練り上げる――。乃至さんは、「関ヶ原の戦いが魅力的に見えるのも当然」「日本人が400年以上ものあいだ、アップデートを繰り返し、築き上げた創作物なのだから、面白くないはずはない」。だからこそ「史実と一致しない物語」を急速に排除しようという声には賛同できない、と注意を喚起する。たしかに、そういうことを言い出せば、「三国志」なども気まずい面があるかもしれない。
本書では巻末に年表が掲載されている。「従来説」と「従来説で見落とされていたこと」が併記されている。とくに「従来説」の中で再検討を要することについては、太字になっている。冒頭で「騙されたつもりで」と書いたが、内容は堅実な感じだ。通説に疑問を呈してはいるが、ドヤ顔ではない。「本書は万能完全の正解を提示するものではなく」と謙虚だ。
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