トマトは170カ国で生産され、トマト加工業界の年間売上高は100億ドルにのぼる。だがトマト缶がどのように生産・加工されているかはほとんど知られていない。
中国、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカを舞台に、業界のトップ経営者から生産者、労働者までトマト加工産業に関わる人々に徹底取材――というのが本書『トマト缶の黒い真実』(太田出版)のうたい文句だ。毎日の食卓でおなじみの、非常に身近な食べ物についての物語なので、興味を持つ人は多いだろう。
著者のジャン=バティスト・マレはフランス人ジャーナリスト。1987年生まれというからまだ30歳になったばかり。2014年に出した『アマゾン 世界最良の企業潜入記』のルポで注目を集めた。世界を制覇したネット通販サイト、アマゾンに潜入取材し、ブラック企業並みの過酷な労働条件を告発、同年の「高校生が選ぶ経済・社会学図書賞」を受賞し、ベストセラーになってヨーロッパ各国語に翻訳された。本書が第三作になる。
翻訳を担当した田中裕子さんの「あとがき」によると、『アマゾン...』は高い評価の一方で、ほんの数週間の体験取材で何が分かる、物量や製造業界では当たり前の話、取材不足だという批判もあった。そこで今回の「トマト」ではじっくり、腰を据えて取り組んだという。
巻末にトマト業界の主な出来事と、関連する取材、本書の内容との関連が一覧表になっている。それを見ると、14年半ばから16年末まで取材を続けていることが分かる。アジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカなど地球を飛び回り、業界のトップ経営者から無名の末端労働者、移民キャンプにまで足を運び、イタリア語も勉強して関係者に直接会っている。
本書に書かれている内容は、知らなかったことだらけ。目からうろこが落ちる話が多い。中でもポイントは、新疆ウイグル地区が世界のトマト市場を牛耳っているというルポだ。その基盤を作ったのが新疆生産建設兵団。この地域の防衛と経済開発を担当、14の師団があり、そこに175の農牧団場と呼ばれる農場がある。一昔前のイメージで言えば、屯田兵だ。兵団は辺境のタクラマカン砂漠を切り開き、数百万ヘクタールの畑をつくりだした。2011年、兵団のトマトは生産量と輸出量でアジア1位になった。
そこでの人力による壮絶な収穫風景。集荷されたトマトは工場に送られ海外へ。「中国産」はイタリアに運び込まれ、ちょっと水と塩を加える操作で、いつの間にか「イタリア産」に変わる、というようなことが、恒常的に世界規模で行われていることが暴露される。
そうして「トマト王」になった中国の軍幹部にも会っている。マスコミとの接触は長年避けてきた人物だ。まるでハリウッドの世界的スターのように、彼の北京郊外の豪邸にたどりつくには、門衛が立ちはだかる幾つものゲートをくぐり抜けなければならない。
世界最大のトマト製品メーカ―と言えば、誰でも米国のハインツを思い浮かべる。前述の一覧表にも出ているが、ハインツは1991年に濃縮トマトの自社生産を止めているそうだ。「うちの濃縮トマトを買うんです」と中国企業の責任者。トマトを巡るグローバルなからくりが分かる本だ。
15日に紹介した『共食いの博物誌』と同じく、現代の価値観を歴史的に考える太田出版の「ヒストリカル・スタィーズ」シリーズの一冊。まだ30歳だという筆者の、世界を股にかけた取材力のエネルギーに脱帽、驚嘆した。
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