関西で名門のバーと言えば「サンボア」だ。1918年の発祥で大阪には8軒、京都には3軒。最近では東京にも3軒。全国で14軒もあるそうだ。
本書『バー「サンボア」の百年』(白水社)は改めて1世紀の歴史を振り返り、創業以来の精神を後世に伝えようというものだ。版元がフランス文学出版で知られる白水社だから、装丁もシンプルで気品がある。
日本のバーの老舗としては東京・浅草の「神谷バー」が有名だ。こちらは銘酒店として1880年に創業し1912年に店舗内部を西洋風にして屋号を「神谷バー」と改めたそうだ。今も大正時代に建てられた建物で営業している。
その神谷バーに匹敵する歴史を誇るのがサンボアだ。神谷バーが、安価な酒「電気ブラン」で知られ、非常に大衆的で、どちらかと言えばビアホールに近いのに対し、サンボアは正統的、伝統的なバーのたたずまい。分厚いドアをギギーッと押し開けると、一枚板のカウンターがあって、常連が静かに好みのカクテルを味わっている...という重厚なイメージだ(実際に行ったことがないので想像)。
著者の新谷尚人さんは、1961年大阪生まれ。関西大学在学中にアルバイトとして入店。大学卒業後、高校の英語科の講師として教壇に立つ傍ら、86年「サンボア・ザ・ヒルトンプラザ」の開業と同時に入店。94年、独立を果たし、「北新地サンボア」を開業。2003年、東京に「銀座サンボア」、11年には「浅草サンボア」を開業するなど、長くサンボアと共に歩んできた。
駆け出しのころ、竹中工務店のOBで店の設計をした大先輩から言われたことがある。
「バーというもんはやな、板が一枚あって、その向こうに酒を並べる棚があってな、その間に『人格』があったらええんや。ほかには何も飾りは要らんのや。・・・お前にはまだまだ早いな」
その後、多くの人生経験を積んだ新谷さんは今こう記す。
「何か『茶の湯』に通ずるところがあるように思われる。一服の茶に対峙して、もてなす側も、もてなされる側も彼らの背景などには重きを置かず、そこにあるのは正しく『人格』だけである。主と客。それぞれが互いの人格に敬意を表しながらも、適度な、また心地よい緊張感の中で悠々と一杯を楽しむ」
本書はサンボア創業、戦後の再出発、サンボアのDNAの三章に分かれている。現在は創業者・岡西繁一から直接暖簾を継いだ3つの家系の3代目と、サンボアで修業した計12名のマスターが「サンボア」を名乗り、14店の「サンボア」を営んでいるという。それぞれのサンボアの歴史、店を立ち上げ、背負ったマスターたちの思いなどを紹介している。
驚くのは、年表や系図はもちろん、主要人物の一覧表が付いていること。サンボアの歴史を形作った24人の経歴が並ぶ。日本に何万店のバーがあるのか分からないが、伝統と真髄を維持してきたのはサンボアだという自負がにじみ出る。その意味では、サンボア関係者だけでなく、日本中の酒場に置いておきたい一冊である。おそらく著者の「人格」を反映しているのだろう、文章も端正で折り目正しく好感が持てる。
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