これもタイトルで惹かれる本だ。『「富士そば」は、なぜアルバイトにボーナスを出すのか』(集英社新書)。大きな駅のそばには、たいがいあるチェーン店「富士そば」。創業40年余り、首都圏に130店舗以上あるという。
安くて、腹がいっぱいになる。手早く食事を済ませたい人、財布がさみしい人にはおなじみだ。最近はなぜか外国人の姿も目立つという。
本書は、その富士そばの創業者、丹道夫(たん・みちお)さん自身が書いた一代記だ。こういう立志伝中の人物による自伝は、都合の悪いことは書かれず、苦労話は誇大になっていることが少なくないというのが世の常だが、本書は相当割り引いても面白い。共感できるところがある。
理由は、「従業員本位」というのが明確だからだろう。いかにして会社を大きくしたか、成功したかを誇るのではなく、働く人を大切にしてきたことを繰り返す。なぜアルバイトにボーナスを出すのか、というのはその一例だが、ほかにも「給料が安ければ仕事にほころびが出る」「利益は独り占めしない」「給料は与えすぎるぐらいがちょうど良い」「差別は人を腐らせる」「従業員こそが内部留保」など、これでもかと言わんばかりに持論が続く。
近年、猛烈に増えた外食チェーンは、えてして労務管理が行き届かず、残業代の未払いなどが露見して「ブラック業界」といわれることが多い。内部告発があったり、訴訟沙汰になったりで、急成長の陰で働く人がこき使われているというイメージが付きまとう。
富士そばも24時間営業であり、三交代のシフト勤務。かなりのハードワークではないかとも思われるが、著者によれば、合言葉は「うまくやってくれ」。驚いたことにはアルバイトにも有給休暇があるという。
丹さん自身は苦労人だ。1935年、名古屋で生まれたが、父がすぐに亡くなり、母は郷里に戻って、芸者をしながら丹さんを育てた。再婚相手の義父には苛められ、何とか農業高校に行かせてもらったが、10キロの山道を通い切れず中退。その後、様々な短期の仕事を繰り返し、一念発起、上京したが、うまくいかない。福島、東京、愛媛で働きながら3つの定時制高校などで学んで卒業したときは23歳になっていた。
その後、「お前は体が丈夫でないから、栄養士の免許をとりなさい」と母に勧められ、栄養学校で資格を取ったのが、奏効した。知り合いに誘われ、埼玉県の川口市で弁当屋に転じたあたりから運が開けてくる。あれこれ仕事を広げながら、最終的に「富士そば」にたどり着く。まさには連続ドラマのような半生だ。
富士そばでは、しばしば現場判断で、てんぷらなどのおまけをつける。それには丹さんの忘れられない思い出があるそうだ。貧しかったころ病気になって、耐えられずに医者に行った。みすぼらしい身なりを見た医者が聞く。「君、お金はあるの?」。「ないです」と正直に答えたら、この医者はポケットからお金を出して、「これで払いなさい」と渡してくれた。あのときの喜びと恩義が忘れられないというのだ。
そば屋だから、さすがに「一杯のかけそば」のような人情話が上手い。そうして読者は、眉に唾をつけつつも、引き込まれていくのだ。
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