著者朝井まかてさんは明治の歌人、中島歌子をモデルとした『恋歌』で直木賞を受賞後、井原西鶴を主人公とした『阿蘭陀西鶴』で織田作之助賞を、さらに葛飾北斎を主人公とした『眩』で中山義秀文学賞を受賞するなど、実在の人物を主人公にした時代小説で評価を高めてきた旬の作家だ。
その朝井さんが、本書『雲上雲下』(徳間書店)の主人公に取り上げたのは、いわゆる神話や民話、物語の登場人物たち、すなわち山姥やキツネ、鬼、天上世界の神さまたちだ。全国各地をたずね、民話や伝承を採取し、ストーリーに生かしたという。
話は枯れることのできない丈の長い草のもとに、尻尾のない子狐が現れ、お話を語ってくれと懇願するところから始まる。「草どん」がいくつかの物語を語るうちに、山姥らが登場し、それ自体が物語のような展開になる。浦島太郎に桃太郎、金太郎、花咲じいさん、舌きり雀らが出てきたところで、子狐が「おらたちの話を、もう誰も聞きたがらない、忘れられてゆくばかりなんだ。物語の舞台ももう、身近じゃない」と訴える。時代と環境の変化で、物語の舞台となる自然はすっかり消え、人々の暮らしも変わってしまった。もう物語は成り立たないというのだ。
ここで読者は気づく。これは物語を通して物語について語る作品なのだと。言ってみればメタ物語だ。物語が危機に瀕している時代にあって、朝井さんは登場人物に託して、こう宣言する。「それでも私は、物語を語り続けよう」
タイトルの「雲上雲下」とは、雲の上の世界の神さまたちと地上にすむ生き物、人々をつなぐ存在として語りつがれてきた「物語」をさすのだろう。
作中のお話や登場人物はみなやさしく、心温まる。あの子狐も成長して想像もつかない結末を迎える。難しいことを考えなくても十分に楽しめる現代の「物語」と言えるだろう。
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