日本でいちばん古い田んぼはどこにあるのか?
本書『千年の田んぼ――国境に島に、古代の謎を追いかけて』は、20年以上にわたって全国の農村を歩き、全国棚田連絡協議会機関紙「棚田ライステラス」編集長を務める石井里津子さんが、その謎に迫った本だ。
石井さんが「ここではないか」と当たりを付けたのは、日本海に浮かぶ孤島、見島。山口県萩市の萩港から北に約45キロ。高速船で約70分のところにある。面積は8平方キロメートルもなく、島の南端から北端まで5キロ足らず。現在の人口は800人ほど。漁業で生きる島だ。
しかし、江戸時代から1000人以上が住み、最盛期は3000人を超えていた。それだけの数の住民の胃袋を満たすには、主食となる米が必要だ。島に上陸してすぐに気づくのは、小さなため池が多いこと。そばには田んぼがある。中でも「八町八反」と呼ばれる最大の水田地帯は、15ヘクタールの広さがあり、田は短冊形に区切られ整然としている。地元の言い伝えでは江戸時代に開墾したということになっているが、もっと古いのではないか。そう思って石井さんは調べ始めた。
見島は、全国的には「見島牛」で知られる。昔ながらの姿をとどめた小型の和牛で、日本最古の牛とも言われ、天然記念物に指定されている。100頭ほどしか残っておらず、他品種との交配を禁じられている。濃厚な味らしいが、年に10頭前後しか食肉として流通しておらず、食通の間では「幻の牛肉」として有名だ。
生態的にも、希少種が残る「ガラパゴス」。そこにある田んぼも古いのでは?と考えるのは自然だ。島内には古代の古墳も残っている。かつて発掘調査が行われ、遺構からは、古代の官人が身に着ける宝飾品や子供の骨が見つかった。そのころ埋葬されるのは身分の高い人だけだったので、これらの考古史料によって、見島には千年以上昔から、防人の一家などが常駐していたのではないかと推測されている。
石井さんが注目したのは、田んぼの形だ。畔道で区切られた一枚一枚の田んぼは、短冊状に細長い。計測してみると、古代の「条里制」のサイズとほぼ同じだった。そして山口大学の地理学者が見島の田んぼについて、すでに、「田んぼを条理にせよ」という古代の政府の指示に基づいて作られたものだと研究ずみだったことを知る。
現代の田んぼは、土地改良や区画整理を繰り返しているので、開墾された当時の原型をとどめていない。孤島にあったからこそ、見島の田んぼは古い姿で生き残ったといえる。本書は、学術的な研究ではないが、全国の田んぼを見てきた経験をもとにしているので、見島の田んぼが、日本最古かそれに近いものであることはおそらく間違いないだろう。
古くは登呂遺跡とか、最近では縄文時代の稲作遺跡など、古代の稲作の痕跡はあちこちで見つかっているが、今も連綿と耕されているという一点において、見島の田んぼは神々しさを増す。しかしながらその見島の田んぼも、全国共通の後継者難で、先細りの運命にある。著者は、「生きよ!」「いかなる困難の中でも工夫し、生きよ!」という千年前から変わらぬ風の声を聴きながら東京へと戻ったのである。
本書は子どもでも読めるやさしい文章でつづられ、表紙や本文中のイラストも親しみやすい。
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