企業の社会的責任。それが「CSR」だ。本書『伸びる中堅・中小企業のためのCSR実践法』(第一法規)は改めて中小企業向けに、その意味や対応法をアドバイスしたものだ。
著者は、約200社と顧問契約を結ぶ弁護士の湊信明さん。かなり懇切丁寧な、わかりやすい作りになっている。
大企業の関係者にとって、CSRは自明のことだろう。2003年が日本の「CSR元年」と言われる。経済同友会が経営白書で、CSRとコーポレート・ガバナンスに関する評価基準を公表、リコーが社長直轄のCSR室を作り、他の大手企業も軒並みCSR重視経営へと舵を切った。当時は大企業ならどこでも、本部や部を横断した形で、「わが社のCSR」についての社内議論が盛り上がったはずだ。
したがって、もはや大企業においてCSRは旧知のことであり、実践できているかどうかは別にして、理念としては浸透ずみと思われる。本書は「伸びる中堅・中小企業のための」と銘打たれており、まだCSRに疎い、新興企業や中小企業を対象にしたガイド本だ。
まず、「企業の社会的責任」を失った実例が幾つか紹介される。「ある中堅旅行会社の場合」「ある中小宝石店の場合」「ある中小食肉加工業者の場合」という目次を見ただけで、あの会社だな、とピンとくる人は勉強家だ。事件発覚→新聞沙汰に、社長に直訴するも...、発端は一件のクレームだった、という書き出しからなかなか刺激的で関心をそそる。なにごとも失敗例が最も参考になる。
さらに「奈落に落ちた会社」として、「大手広告代理店で起きた女性新入社員自殺事件」「大手乳飲料メーカーで起きた食中毒事件」「ドーナツチェーンで起きた未認可添加物使用事件」などが取り上げられている。もちろんマイナス経営だけでなく、「愛されている」会社も出てくる。
なるほどと思ったのは、法学部学生とのやりとりを紹介したくだりだ。学生からは、「弁護士になると、人権問題なんか、めったに扱わないんでしょ」と聞かれる。民事裁判の弁護士は、もっぱらカネがらみのもめごとの処理が多いのではないかというわけだ。著者は驚く。
「私たちが住む社会には多様性に富むさまざまな人がおり、それぞれが人権を有しています。多様であるからこそ、さまざまなトラブルが発生します。人権と人権の衝突も起こってきます。トラブルが起こった時に弁護士は紛争当事者の一方から依頼を受けるのですが、その時に依頼者の人権だけを優先させるのではなく、・・・憲法の理念に基づいて双方の人権を調整し、フェアな解決を図るために・・・力を尽くしていかなければならないと思っています」
すなわちCSRの基軸はあくまで憲法的な理念にあり、そこからスタートして、消費者保護、労働問題、ダイバーシティ、地球環境、地域貢献などの様々な課題と対処することになるということを強調する。そして「愛」と「良心」と「正義」の心で自分の会社を見つめ直すことこそがCSRのキモだとしている。
この種の本は通常、ハウツーに終始しがちだが、著者は「理念」をしっかり押さえており、好感がもてる。経営者なら日々の業務の合間に、目を通しておくべき本と言える。本文は活字も大きく文章も滑らか。実用書としての組み立てもしっかりしている。
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