出版の世界では、誰も予想できなかったベストセラーがしばしば誕生する。その近例が中公新書の『応仁の乱』だ。
2016年10月に発売された時の初刷は1万3000部にすぎなかった。なぜか売れ行きに火が付き、3か月ほどで10万部を超え、半年後には37万に達した。そしてトーハンによる17年の年間ベストテンでは堂々8位に。著者の呉座勇一・国際日本文化研究センター助教も全く予想していなかった快挙だった。
その応仁の乱を、戦乱からまもないころに描いたとみられる『応仁記』の現代語訳が2017年11月、「ちくま学芸文庫」から発売されている。もともとは1994年に勉誠出版から単行本として出ていたものだ。昨今の「応仁の乱」ブームで文庫化されたのだろう。
源平の覇権争いについては「平家物語」、南北朝については「太平記」がおなじみだが、「応仁の乱」についても「応仁記」があったということを知っている人は、よほどの日本史通にちがいない。
こうした戦記物は一般に「軍記物」と呼ばれる。「平家物語」や「太平記」など時代をさかのぼるものは、歴史的価値も高いとされるが、室町期以降になると次第に評価が落ちるようだ。中には「偽書」、もしくは脚色が多いとして疎んじられるものもある。
「応仁記」がさほど有名でないというのは、「平家物語」や「太平記」のような価値はないということなのか、それとも「応仁の乱」自体が話題にならなかったからということか。江戸後期に塙保己一が、古代から江戸初期までの主として未刊の文献1270種を530巻に編集した有名な「群書類従」には入っている。
現代語訳の本書は「巻第1」(乱前御晴のことなど)、「巻第2」(勝元方のことなど)、「巻第3」(赤松家伝のことなど)に分かれている。文庫で100数十ページだから大部なものではない。著者は不明とされ、全体の成立時期についても研究者の間で意見が分かれているようだ。
「平家物語」は「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」の書き出しであまりにも有名だが、本書も冒頭から原著者の憤懣と虚無感が漂う。足利義政の治世は酒宴や淫楽、贔屓や賄賂がはびこって目茶苦茶であり、公家も武家も大いに奢り、そのしわ寄せで万民は憂悲苦悩。「天下は破れば破れよ、世間は滅びるなら滅びよ」という状態で大乱が起きる前兆が広がっていたというのだ。そうした時代状況を活写しつつ、原著者は、京都を廃墟にした乱による荒廃と惨状を嘆く。
現代語訳は志村有弘・相模女子大名誉教授。あまり知られていなかった本だけに、読み始めると新鮮だ。もっとも中公新書の『応仁の乱』の著者、呉座さんは17年2月19日の毎日新聞の記事で「日野富子の悪女説は『応仁記』が起源」と手厳しい。本書の巻末には、関連の史跡案内も掲載されている。
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