大相撲の貴ノ岩が被害にあった暴行事件の詳しい内容や背景が明らかになるにつれ、貴ノ岩の師匠である貴乃花親方と日本相撲協会との間に事件前から、ぬきさしならない対立があったことが指摘されている。「相撲道」を重んじる同親方が、その道を外れる一方とみる協会側に闘争を仕掛けているとされ「貴の乱」などとも呼ばれる。
その名を冠してこのほど刊行された『貴の乱』(宝島社)では、今回の騒動は実は、貴乃花親方の聖戦などではなく、相撲界を食い物にしてきた黒幕的存在の人物にくみしただけの、大義なき反抗と断じている。本書では、その人物の処遇をめぐっての八角理事長ら協会の体制派と貴乃花親方らとの激しい口論を収録して対立の真相を指摘、同親方の黒幕支持の姿勢に疑問を投げかけている。
激しいやりとりが交わされたのは、2015年12月に北の湖理事長(当時)の急逝を受けて開かれた「理事会」の場だ。同理事長時代に相撲協会入りした経営コンサルタントで、同協会常任顧問の肩書で活動していた男性を理事会に出席させるかどうかで言い争いになっていた。
北の湖理事長は亡くなる前の11月に開かれた理事会で、この人物を顧問ではなく事務総長あるいは事務局長といった責任あるポジションに据えて対外交渉を任せる考えを明らかにし、その人事について理事長一任をとりつけていたという。ところが八角理事長代行(当時)や尾車理事ら八角派は実はその人事に反対で、この12月の理事会で八角代行は「議長権限」でこの同顧問を入れず新体制下で協会から排除することを目指して動きだしていた。この処置に納得しない貴乃花、伊勢ケ浜両理事らは前回の会合での「理事長一任」をタテに延々食い下がる。
会議は荒れた雰囲気で押し問答を続け約2時間。最後には同顧問を会議にいれ、八角代行の理事長就任について賛否を問う投票となり、6対5と賛成票が1票上回った。八角体制となった相撲協会は16年1月に同顧問を解雇した。
本書によれば問題の人物は、経歴などに不明なところが多く数々の「黒い噂」があるという。北の湖理事長に取り入り協会の常任顧問となり、対外活動で相撲協会を仕切る権限を手にする。その立ち場を利用して業者から裏金を得るようになり、やりたい放題の状況だったという。14年1月には、相撲協会絡みの事業で同顧問が裏金を受け取る現場の様子が動画共有サイトで公開されたが、当時の協会側は調査をせず隠蔽を図ったという。動画はその後、視聴できなくなっている。
著者に名を連ねる「別冊宝島特別取材班」による「はじめに」によると、月刊誌「宝島」で13年11月に「『国技』をパチンコに売る北の湖理事長」という記事を掲載。同顧問が「大相撲パチンコ」を利権化するなど相撲協会内でみせていた専横的な振る舞いを告発していた。同誌は暴力団や組員らをテーマにした記事を多く扱ってきたが、一部明らかにされている同顧問の数年間の「兵庫県警勤務」の経歴について、取材班は相撲協会内で過大に評価されているのではないかとみている。
同顧問が北の湖理事長と親密になったのは、東京都内のスナックで04年11月に同理事長が引き起こしたとされる「セクハラ暴行事件」がきっかけ。同顧問がもみ消しに走りまわり恩を売ったという。貴乃花親方との関係については詳しく分かっていないが、八角体制を共通の敵として共闘したものなのか。
同顧問は解雇された翌月、貴乃花親方とともに八角理事長を訪ね、親方は「どうして辞めさせるのか。再び雇うことはできないのか」と談判したという。本書は貴乃花親方にこう問いかける。相撲界を改革する、土俵を充実させるということと、元顧問のこの人物を守るということは矛盾していないのか、と。
本書ではまた、貴乃花親方が10年に、それまで所属していた二所ノ関一門を割って飛び出して以降、同親方に対する支持がそれほど広がっていないことを指摘。「この先、理事の座に返り咲くことはできても、トップの理事長になれるかどうか、確実とは言えない状況」という。そして、元顧問の人物に対する態度を見る限り、仮に貴乃花理事長の体制が実現しても「角界にまた暗黒時代がやってくる可能性が十分にあるのではないだろうか」と嘆いてみせるのだ。
貴乃花親方といえば、現役時代の1998年、兄の若乃花(3代目、現タレントの花田虎上=まさる)の相撲を批判して「基本がない」などと述べ、それは親しくしている整体師に洗脳されたためではないかと、いわゆる洗脳騒動が巻き起こった。その後2001年の夏場所、武蔵丸との優勝決定戦にのぞみ、負傷した右ひざの痛みをこらえて勝利。「鬼の形相」の一番は好角家の間では語り草になっており、洗脳騒動のイメージを吹き飛ばした。土俵上で小泉純一郎首相(当時)は「感動した」と絶叫したものだ。今度は親方としてわたしたちを感動させてくれる技を何か用意していると思いたいが...。
共著者の一人、鵜飼克郎さんはスポーツ、社会問題などを対象に活動しているジャーナリスト。大相撲に詳しく、本書では「モンゴル互助会」や年寄株問題についてのルポも寄せている。もう一人の岡田晃房さんは大相撲をフィールドの一つに執筆活動をしており、外国人力士についての著作がある。本書では評論家のインタビューなどを担当。
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