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「今すぐ欲しい」を叶える社会の落とし穴

「衝動」に支配される世界

 

 市場資本主義社会は、消費者の「今すぐ欲しい」という欲望を叶えてきた。例えば、今すぐ何かが食べたいという人のためにコンビニエンスストアやファストフード店が生まれ、その欲求を満たしてくれる。今すぐ海外旅行に行きたい人も、長い船旅などする必要はなくなった。飛行機であっという間だ。今はお金がないけどすぐに車が欲しいという人にはローンが用意されている。このように、社会や企業は人々の「衝動」がすぐに実現できる社会を築いてきた。多くの人はこれを「便利な社会」と捉えるだろう。

 だが、著者はシビアだ。「社会経済システム全体が自己破壊に向かっている」と説く。その元凶となっているのが本書の原題「インパルス・ソサエティ(衝動に支配される世界)」である。ではその「インパルス・ソサエティ」とは何か――。それはまさに冒頭で書いた便利な社会、すなわち「消費者が欲しがるものを与えることに驚くほど長けた社会」のことだ。

 今欲しいものを手に入れるための我慢をしなくなったのは消費者だけではない。企業も同じだ。株価を上げたいと思えば、従業員の教育や設備への投資をせず、自社株買いに巨費を投じる。すぐに利益を上げたいと思えば、リストラや海外移転でコストカットする。その結果、雇用が不安定になり、切り捨てられる人が増える。いわゆる「格差社会」の誕生だ。

後回しにされる「本当に必要なもの」

 

 なぜこのようなことが起こるのか。我慢しなくなった社会が求めるのは「効率」である。だからすぐに利益が得られることを優先し、将来得られるかもしれないもっと大きな利益は切り捨てられる。市場資本主義が進んだ国で今、製造業が切り捨てられ、金融業がはびこっているのはそのためだ。そして、その結果、消費者が欲しがっている商品が世に溢れる一方で、「本当に必要なもの」は後回しにされている。

 

 こうした傾向は、医療や政治の世界にもはびこるようになった。長期的に見れば病気を予防することが医療費の削減につながるのだが、すぐに利益を上げたい病院は高価な治療を優先する。これらを是正すべき政治の世界も目先の利益を重視し、本当に必要な政策を後回しにしている。その結果、政治家は大衆受けがいい目の前のことを優先するようになり、長期的な問題に取り組む候補者は落選していくしかなくなった。

 

 著者はこれまで、圧倒的な取材力で「食」や「エネルギー」の限界をしてきたジャーナリスト。本書では、経済学者や政治学者とは違う視点で、行き過ぎた市場資本主義がはびこる今のアメリカの病んだ姿を描き出している。そう、本書の舞台はアメリカなのだが、読めば読むほどそれを忘れている自分に気づく。あたかも、今の日本が抱えている大きな問題について述べられていると感じてしまうのだ。

 

 今を優先するための巨額の財政赤字。人口減少社会に向かうことがわかっていたのに政策的にはまったくの無策。高等教育の無償化とか、待機児童ゼロとか、働き方改革とか、目先のおいしい政策ばかりではいけないことが、本書を読めば確実に腑に落ちるはずだ。 (BOOKウォッチ編集部 スズ)

  • 書名 「衝動」に支配される世界
  • サブタイトル我慢しない消費者が社会を食いつくす
  • 監修・編集・著者名ポール・ロバーツ著 東方雅美訳
  • 出版社名ダイヤモンド社
  • 出版年月日2015年3月19日
  • 定価2400円+税
  • 判型・ページ数四六版・373ページ
  • ISBN9784478029305
 

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