瀬戸内寂聴さんが朝日新聞で連載しているエッセイ「残された日々」で先日、作家の稲垣足穂(1900~77)のことを取り上げていた。今年は没後40年だという。
そういえば10月には、東京・秋葉原の書泉ブックタワーで記念フェアも開かれていた。三島由紀夫や澁澤龍彦らから高く評価された作家と紹介されていた。
代表作はなんといっても『一千一秒物語』。同じタイトルの松田聖子の曲を思い出す人は、熱心な聖子ファン。文学に多少とも関心があれば、稲垣足穂(タルホ)がわずか20歳前後で書いた、ちょっと形容しがたい風変わりな作品のことだとピンとくる。
なにしろ人間や月や流れ星がいっしょくたになって登場する。星を拾ったり、流れ星と格闘したり、お月様とけんかしたり。シャーロックホームズが出てくるかと思えば、ココアを飲もうとしたらココアがゲラゲラ笑いだす。銀河から手紙が届いたり、自分が落し物になって消えてしまったり。奇想天外すぎることが次々と起きて、もはや作者の想像力の広がりについていけない。
「ショートショートの元祖」とも評され、のちに多くの文学者らがタルホに魅せられる原点になったファンタジーだ。文庫本は他作品との合本になっており、本作は50ページ足らずの小編。そこに70ほどの小話が収められている。
のちに男色研究家としても知られるようになるタルホは、作品だけでなく人物も相当変わっていたようだ。師とあおいだ佐藤春夫とは不仲になり、そのほか、多数の先輩作家を辛辣に批評して次第に文壇から仲間外れになる。
三島由紀夫の後押しで68年にようやく『少年愛の美学』で第1回日本文学大賞を受賞。69年から『稲垣足穂大全』(全6巻)が刊行され、一種の「タルホ」ブームが起きる。
瀬戸内さんが友人に誘われ、京都・伏見の稲垣宅を訪れたのはちょうどそのころだ。夫人が足穂の天才を見こんで、仕事もなくなって飲んだくれていた足穂を自分の家に引き取り、ずっと養っていたという。ちょうど文学賞の賞金で新しい机を買ったところで、それまで使っていた小さな机をその場で瀬戸内さんにくれた。それを瀬戸内さんはタクシーで持ち帰り、巡り巡ってその机は、今は徳島の県立文学書道館に大切に保管されているそうだ。
没後のタルホは、時折、詩誌「ユリイカ」などで特集が組まれたものの、次第に忘れられた存在になる。当代有数の読書家として有名な文筆家の松岡正剛さんは、「ぼくの青春時代の終わりに最大の影響を与えた」とタルホの名を挙げる。そしてネットの「千夜千冊」の連載で、「最近はタルホを読まない世代というか、稲垣足穂の名前すら知らない連中ばかりがまわりに多くて、いちいち説明するのが面倒になってきた」(2003年)と憤慨している。
しかし、必ずしもそうとは言えないようだ。フォーク歌手のあがた森魚さんは07年、デビュー35周年記念で「タルホロジー」と言うアルバムを出している。最近では芥川賞を受賞した又吉直樹さんが、あちこちでタルホを推奨、偏愛ぶりをカムアウトしている。売れない芸人だった下積み時代に、おそらくは吉祥寺の貧乏アパートでむさぼり読み、空想が空想を呼ぶタルホ宇宙に迷い込む不思議な体験をしたに違いない。
冒頭に挙げた松田聖子さんの歌も、「空にペイパームーン」「銀のお月様」という歌い出し部分は、どう考えてもタルホのアナロジーだ。松本隆さんの作詞なので、とうぜんタルホを意識したものだろう。むしろタルホへのオマージュだったかもしれない。
タルホが『一千一秒物語』を書き始めたのは17歳の時だそうだ。ちょうど100年前、第一次大戦末期、大正時代のことだと知って驚く。いま読んでもモダンでまったく色あせず近未来的。03年には、たむらしげるさんのイラストによる絵本版も出て14年には復刊された。怪人タルホは世紀を超えてしぶとく生き続けている。
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