英国は、2016年6月に実施された国民投票で、欧州連合(EU)離脱を決定した。事前の予想では「残留」票が僅差で「離脱」票を上回るとみられていただけに、世界中から驚きの声があがった。英国のEU離脱を意味する造語「ブレグジット(Brexit)」は、投票前から使われていたが、投票後は、呪術がかかったような妖しげな響きが加わるようになったというと言い過ぎか。
しかし、決定してから1年以上を経てなお「ブレグジット」はどう実施されるのか不透明。英国は手探りで進まなければならない妖しげな道の途上にいる。なぜそのような将来を選択したのか。ブレグジット決定を「悪魔」にたとえた、投票当時のキャメロン首相の元側近は、そこに至るまでの混迷した経緯をドキュメンタリータッチで綴っている。
著者は、キャメロン政権で首相付の政務広報官になり、さらにEU残留キャンペーン団体「ブリテン・ストロンガー・イン・ヨーロッパ(欧州のなかでより強くなる英国)」の広報責任者を務め、残留派の中心的役割を担っていた。本書では、国民投票までの半年間を、その立場から、描き出す。解説で在英のジャーナリスト、小林恭子さんが「英国内での本書の評価は真っ二つに分かれた」と明かしている。
「離脱」の結果は当初、英国内でも驚きを持って迎えられ、投票はやり直せないのか、とか、投じた「離脱」票を悔いる国民の声が報じられた。英国全体がうろたえている様子に、そもそも国民投票をやらなければよかったのではないかという声が内外からあがったものだ。
本書はまず、国民投票が不可避であったのだという説明から始まる。国民投票の1年前、15年5月に行われた総選挙でキャメロン首相の保守党はマニフェストのなかで国民投票実施を約束しており、また、離脱を主張する党派の台頭や、有権者の過半数が実施を望んでいるという状況があったためだ。実施を見送ればキャメロン首相は退陣を余儀なくされ、代わってその座に就く者が実施していただろうという。
EU経由による移民が増え続け、それにより職を奪われるなどした国民の不満が募る一方で、社会は分断化していた。離脱派を率いる人たちは、移民の増加で強いられる我慢の不合理を指摘、離脱で戻る分担金を「国民保険サービス」に使うと訴えるなど分かりやすい主張で人々をひきつける。一方、著者らの残留派は、国民にウケるようなメリットは並べられず、離脱によるデメリットを挙げるだけだった。
残留派のキャンペーンを後退させたのは、メディアの役割も小さくはないと指摘する。離脱派が支持を拡大するなか、著者らは残留主張のメディアへの露出を働きかけるが相手の勢いを止められない。しかもメディアは勘違い、間違いによる報道を重ね著者は訂正に忙殺される。読売新聞(2017年10月16日付)の書評欄で本書をとりあげた、評者の政治学者で京都大学教授を務める奈良岡聰智さんは「フェイクニュースまでもが飛び交う、政権とメディアの熾烈な争いが、本書の最大の読みどころだ。イギリス政治がポピュリズムの奔流に呑み込まれ、かくも劣化していたとは、衝撃である」と述べている。
キャメロン首相は、国民投票実施を望んでおらず、その理由を著者に「まだ見ぬ悪魔を解き放つことになるから」と言っていたという。それが、原書ではタイトルになり「ブレグジット秘録」がサブタイトルになっている。キャメロン氏が口にした「悪魔」は、自らは抗しきれなかったポピュリズムのことなのか、あるいは離脱が実施されてから起きる惨事のことなのか。
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