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心を病んで、心を取り戻した少女の物語

死を思うあなたへ

 刺激的なタイトルの本である。『死を思うあなたへ』。著者の吉田ルカさんは少女時代から家庭内暴力に苦しんで心を病み、18歳から精神病院の入退院を繰り返した。

 自殺未遂、仲間の自殺。絶望的な日々と社会から取り残される不安。26歳で結婚し、母となったが、過去を消して何事もなかったかのように生きることに今度は別な意味で苦しむ。そしてまた病院を訪れる・・・。

「子供時代を返せ!」

 父親は国家公務員。母親も成績優秀でピアノが得意。絵に描いたようなエリートの家系だったが、父は学歴主義者。おまけに家庭内暴力の癖があった。テストの成績が悪いとブチ切れる。「こんな出来の悪いやつはうちの家系にはいなかった。お前はうちの子じゃない」。殴り始めたら止まらない。足で蹴り、髪の毛を引っ張って引きずり回す。両親は不仲だったが、母は制止しない。「あやまりなさい、悪いのはあなた」というだけ。

 徹底的に自分が否定される。家の中に居場所がない。死んでしまいたいと思うようになる。毎日午前4時に目が覚めてシクシク泣く日々。高校3年になり、思い余って精神科に行く。医師の前で感情のコントロールができなくなり、抑えていた思いが一気に爆発した。「子供時代を返せ!」。不意に大声で叫んでいた。

 最初の自殺未遂は19歳になる前日だった。「18歳ちょうどで生涯を終えよう」と決意したから。「死にたい、死にたい」と泣きながら睡眠薬を大量に飲んだ。目が覚めると、院内の狭い個室のベッドの上に寝かされていた。「薬物中毒者」として。あまりにも寂しい19歳の誕生日だった。

「サバイバーズ・ギルト」に苦しむ

 摂食障害、リストカット。療養中に知り合った多くの仲間が自殺した。ルカさんは大学病院で何人かの信頼できる精神科の医師に巡り合い、次第に回復の道を歩む。

 しかし、心の平安はすぐには取り戻せない。手首の傷が自分を責めるのだ。「昔のことを忘れたなんて言わせないぞ! 自分だけ幸せになるなんて、卑怯者!」。強く生きるため、亡くなった友人たちの遺品をすべて処分したこともトラウマになった。

 思い余って4年ぶりに、かつてお世話になった医師の診察を受ける。顔を見たとたん、涙があふれて止まらなくなった。先生はルカさんに「サバイバーズ・ギルト(生き残った者の罪悪感)」という言葉を教えてくれた。心のわだかまりをすべて話すうちに、止まっていた時計の針が再び動き出した。

 ある日、「罪悪感」を和らげてくれる出来事があった。2歳になる娘と昼寝しようと横になった時のことだ。何かキラキラする虫さんが飛んでいると娘がいう。「お母さんに会いにきたんだって」。母には何も見えないのだが、娘に見えて声も聞こえるらしい。もしかしたら亡くなった友達が会いに来たのかもしれないと思った。

 「何て言ってるの」
 「お母さんのことが大好き、だって」
 「あとね、ごめんね、だって」。

 ルカさんは驚いた。罪悪感で苦しんでいるのは生き残った私だけではない――そんな不思議な体験で本書は締めくくられている。

NHKあたりでドラマ化されるかも

 すでにおわかりのように、極めて映像的なシーンが次から次へと出てくる。著者の心の傷の深さと映像的な記憶力の良さによるものだろう。

 お天気のいい日に、大きな公園に行ってベンチに腰掛け空を見上げていたら、いつのまにかヒザの上に猫がすわっていた。あたりを見回すと、何匹もの猫が自分の周りに集まっていたという公園の情景。

 拒食症から立ち直り、体重が5キロほど増えたある日、思いがけないことが起こった。子宮から流れ出す赤く鮮やかな血。生理が戻ってきたのだ。リストカットで手首から涙と共に流した血とはまったく違って見えた・・・と言う歓喜のシーン。

 「なんで死んだらあかんの」「ワシがかなしいからじゃ」「そんなん知らん。それは先生のエゴや」――自殺を巡り、医師との切羽詰まったやりとりの場面。

 「家庭内暴力」「うつ」「拒食」「精神病棟」「自殺」など今日的な問題が軸になっているだけに、NHKあたりでドラマ化すると反響を呼ぶのではないか。二人の精神科医による「まえがき」と巻末の「解説」も心にしみる。著者の苛烈な半生をつづった本文を、前後から柔らかくサンドウィッチのように包み込んでいる。通った病院は「K大学病院」としか書かれていないが、推測するに京都大学病院だろうか。

  • 書名 死を思うあなたへ
  • サブタイトルつながる命の物語
  • 監修・編集・著者名吉田ルカ 著
  • 出版社名日本評論社
  • 出版年月日2017年9月25日
  • 定価本体1200円+税
  • 判型・ページ数四六判・224ページ
  • ISBN9784535587175
 

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