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幕末~明治、ソロバンは剣より強かった

武士の家計簿

 著者の磯田道史さんはテレビの歴史番組などにしばしば出演しており、お茶の間でもおなじみの歴史学者の一人だ。本書は磯田さんが"気鋭の研究者"のころの作品で"売れっ子"になるきっかけを作った一冊。それまで例がなかった「武士の家計簿」の発見の産物として仕上げたノンフィクションはベストセラーになり、堺雅人さん主演で映画化され、こちらもヒットした。

磯田道史さんの"出世作"

 磯田さんは本書出版の2年ほど前に、東京・神田神保町の古書店で「武士の家計簿」である文書を発見したと「はしがき」で述べている。その古文書に著者を引き寄せる何かがあったようで興味深い。出版社の惹句には「国史研究史上、初めての発見」とうたわれている。武士の生活ぶりが細かく分かる初めての資料だったという。

 文書を遺したのは金沢藩の猪山家。江戸末期から明治期までの約37年間にあわたる、いわば「家計簿」だった。猪山家は代々、経理を担当する「御算用者(おさんようもの)」を務め、武術ではなく算術で仕えるソロバン侍。俸禄は豊かとはいえない低い身分なのだが、下働きの者を雇うなど武家としての体面を保つための出費を余儀なくされて借金がかさみ、ついに天保13年(1842年)、当主の直之が借金の整理を決意する。そして、家財を売り払い収入、支払いを記載する入払帳がつけられることになった。

 仕事柄もあり配慮や気配りが行き届いていたに違いない直之による記録は、やはり事細かで、残された収入と支出の項目から武士の暮らし、習俗、とくに武士身分であることによって生じる祝儀交際費などの「身分費用」に関する項目のほか、江戸末期の藩の統治のシステムも実証的、具体的に描かれている。著者はこれらを読み解き、ドラマ性もあるドキュメンタリーに仕立てたものだ。

都内の残るソロバン侍の"遺跡"も紹介

 幕末から明治期にかけては、武士らの事務処理能力がより評価されるようになり、代々の家職で計算に優れた、直之の子、成之は会計技術者として兵站係に取り立てられる。金沢藩が新政府方に入ると成之は、軍事指揮官の大村益次郎に請われて兵部省入り。のちに海軍主計大監となるなど出世を果たした。本書によると、この時の成之の年収は、明治政府に出仕できず金沢に残った従兄弟たちの20倍以上だった。

 東京・九段の靖国神社にある大村益次郎像は、日本で最も古い西洋式の銅像とされており、その建立に力があったのは猪山成之だった。東京都内には、猪山家ゆかりといえる"遺跡"がほかにもあり、東京大学本郷キャンパス(東京都文京区)に残る「赤門」もその一つ。同キャンパスは金沢藩上屋敷の跡地に設けられたものだが、赤門は藩主の婚礼の準備事業の一つとして建てられ、直之の父、信之は、その建立で認められた功績で知行地を得たという。

 幕末~明治のできごとは、2018年のNHK大河ドラマ「西郷どん(せごどん)」で描かれる時代とも重なる。その予習にも役立つに違いない一冊。

  • 書名 武士の家計簿
  • サブタイトル「加賀藩御算用者」の幕末維新
  • 監修・編集・著者名磯田 道史 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2003年4月10日
  • 定価本体680円+税
  • 判型・ページ数新書・222ページ
  • ISBN9784106100055
 

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