絶対的な権力者が唯一、自分の弱みをさらけ出さないといけないのが医者だという。本書『主治医だけが知る権力者―― 病、ストレス、薬物依存と権力の闇』(原書房)は、権力者と医者、中でも主治医の関係を取り上げている。
ヒトラー、ムッソリーニ、毛沢東、チャーチル、フランコ、ケネディ、スターリンなど8人の国家元首が登場する。抱えていた持病、ストレス、薬物依存、情緒不安定、薬物中毒などが明かされている。
著者のタニア・クラスニアンスキはフランス生まれ。母はドイツ人、父はロシア系フランス人。パリで刑事専門の弁護士をしたあと、2016年に作家デビューした。最初の著書『ナチの子どもたち――第三帝国指導者の父のもとに生まれて』を執筆する中で、ヒトラーと主治医のテオドール・モレルの依存関係に衝撃を受け、本書のテーマに突き当たる。
個別にはすでに書かれているケースも多い。毛沢東の主治医だった李志綏は世界的にベストセラーになった『毛沢東の私生活』(文藝春秋刊)を残した。歯を磨かず入浴せず、純朴な娘とベッドを共にする「赤い皇帝」の実像。しばしばダンスパーティを催し、お気に入りの女の子たちと人民公会堂の秘密の部屋に消える。過剰性欲者だった。
李は「もし私が殺されてもこの本は生きつづける」の言を残し、本書が発売された3か月後、シカゴの自宅浴室で遺体となって発見された。
本書でも、その『毛沢東の私生活』からの引用が多くを占める。李は毛の最側近として重用されていたこともあり、ふだんから様々な秘密の場所にも同席している。そのため、臨床に関する出来事以外についても生々しく、手厳しい。本書の著者クラスニアンスキは『毛沢東の私生活』を「卓越した書籍」と高く評価している。
2006年にアメリカで発表された研究によると、1776年から1974年までのアメリカの大統領37人のうち18人に広い意味での精神的疾患が見られたという。鬱病が24パーセント、アルコール障害8パーセントなど。
本書では、ケネディが取り上げられている。若くてスマートで希望と活力に満ちたイメージで大人気だったケネディにとって、実は健康問題がアキレス腱だった。腎臓を病み、背中が痛む。性病用の抗生物質も飲み、腹部や胃の痙攣もあった。体の不調から薬を常用し、本書によれば「魔法の薬」を売ってくれる医者を探した。いっときのあいだ、自分をスーパーマンに変えてくれる医者を。それが、ニューヨークのセレブの間で「すばらしい注射をしてくれる」ということで大評判だった「名医」マックス・ジェイコブソンだった。
ケネディはジェイコブソンの処方でさらに「薬漬け」に拍車がかかる。アンフェタミン、バルビタール、コカイン、ホルモン剤、ステロイド・・・。本書ではヒトラーの主治医から投与されていた薬と、ケネディが投与されていた薬は、ほぼ同じ成分だったと記している。そしてケネディがいかにジェイコブソンに頼っていたか、信じがたいような話が続く。著者によれば二人の深い関係は今も「秘密」であり、FBI資料は未公開だという。
こうした最高権力者と主治医の関係は、これまでにもしばしば書かれているが、本書は有名どころがアンソロジーとして並んでいるので、読みやすい。邦訳されていない資料の参照も多い。登場するのはいずれも、何十年か前の権力者たちだが、さて現在の権力者はどうなのだろうか。つい最近まで「ソウルを火の海にする」と叫んでいた北朝鮮の権力者。つねに敵を見つけて吠えたてるアメリカの権力者。いろいろな意味で「病気」が心配になる人は少なくない。日本でも、開戦2日前に号泣していた東條英機とか、「本土決戦」を主張していた軍事指導者など、どうだったのか。何十年後かに、実は・・・ということが明かされても手遅れだ。
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