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朝日新聞のルーツはこの人にあり

村山龍平

 タイトルを見たときは、「自費出版」かと思った。出版社名を見て「市販本」だと知った。『村山龍平』(ミネルヴァ書房)。実際のところ村山龍平(1850-1933)の名前を聞いて、どれだけの人が朝日新聞の創業者だと知っているだろうか。あるいは創業者と知っていても、「評伝」が出るほどの人物と認識されているだろうか。

ドナルド・キーンらが企画推薦

 しかしながら本書は単なる一般書ではない。ミネルヴァ書房が長年シリーズとして刊行している「ミネルヴァ日本評伝選」の一冊である。「企画推薦者」にはドナルド・キーン、梅原猛ら4氏、編集委員には御厨貴、石川九楊、今谷明氏ら多数の専門家がずらりと並ぶ。

 シリーズは「上代」「平安」「鎌倉」「南北朝・室町」「戦国・織豊」「江戸」「近代」「現代」と小分けされ、100冊を超える既刊のほか、これから刊行される人物や筆者の名前も明らかになっている。一定の選考委員会を経て人選が行われていることがわかる。『村山龍平』はシリーズの「近代」、すなわち明治・大正期の重要人物として登場する。近代日本をつくった一人というわけだ。これほどまでの大人物だということは知らなかった。

 村山家はもともと紀州藩の支藩、田丸藩の藩士だった。譜代大名の系列だから、明治維新で成立した新政府には接近できないと考え、商人の道を選ぶ。龍平は1873年、大阪で西洋雑貨を扱う小売商店を開き、若くして事業家として頭角を現す。79年、大阪で朝日新聞を創刊。のちに東京に進出、一時は自ら編集長となって編集・経営の両面を差配した。夏目漱石の採用など、積極的に外部から多数の人材を招いたことでも知られる。衆議院議員を務めたこともある。若いころは剣術の達人で刀剣類の目利き、長じて古美術の愛好家、茶道に通じた数寄者として知られた。

「新しいもの好き」

 本書の著者で、元朝日新聞編集委員の早房長治さんは、龍平の成功の要因として、「新しいもの好き」「時代の流れの先を読むセンス」を挙げる。

 維新でさっさと実業の世界に飛び込んだのもそうだが、新聞経営に当たっては大量印刷ができる技術を重視、いち早くフランス、米国、ドイツから最新鋭機を導入した。早々と取材で航空機を使い始めただけでなく、旅客・貨物輸送の定期航空会社まで設立した。さらに今に続く「夏の甲子園野球大会」の主催を決断している。文化事業の主催や支援も、先鞭をつけた。岡倉天心が創刊した東洋美術の研究雑誌「國華」を長年サポートした話は有名だ。

 「村山龍平の一生は、そのまま、日本の近代的な新聞の誕生と発展の歴史である」と早房さん。「評伝」シリーズに選ばれたのは、まさにそういう理由からだろう。

 龍平は熱烈な天皇崇拝主義者であり、思想的には保守の傾向さえ持っていたという。しかし、保守の論客だけでなく、左派の人たちも登用した。「朝日新聞は私が経営している新聞社だが、私個人の意見を代弁させるものでは断じてない。朝日新聞は言論に関する限り、村山の私有物ではない。何万という読者のものである」という言葉を、すでに明治のころに残している。

村山が名字で朝日が名前

 大隈重信は明治40年、朝日新聞創刊9000号で次のような談話を出している。

「村山と言えば『朝日』を連想し、『朝日』と言えば村山を連想する」「この点より言えば、村山が名字で朝日が名前といっても差し支えないのである」「村山君は・・・きわめて公平穏健なる思想を持っておられるので、その新聞が自ら公平穏健であり、社会一般の信用を得るのは当然と思う」

 徳富蘇峰は戦後、つぎのような人物月旦を残した。

 「村山君と毎日新聞の本山彦一君を比べてみると、その人物器量はだいぶ違う。本山君は終始ソロバンを手放さない人だが、村山君の方はこせこせしない。何も知らないような顔をしながら、思い切ったことをやってのける」

 本書の巻末には詳細な年表や人物索引が掲載されている。改めて新聞の歴史をたどりたい向きには好都合だろう。本書を書き終えて著者の早房さんはこんな感想をもらしている。

 「近年、ジャーナリズムの世界的傾向として、保守系の新聞は雑報も論評も保守的な視点に偏り、進歩的な新聞は全体的に進歩的な紙面を作っているが、そうした新聞よりも、龍平が目指したようなリベラルな新聞の方が読者にとって望ましいのではないだろうか」

  • 書名 村山龍平
  • サブタイトル新聞紙は以て江湖の輿論を載するものなり
  • 監修・編集・著者名早房長治 著
  • 出版社名ミネルヴァ書房
  • 出版年月日2018年4月10日
  • 定価本体2500円+税
  • 判型・ページ数B6判・232ページ
  • ISBN9784623083299
 

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