(店名)パン屋の本屋
"Have a nice day!"
外国人の若い女性が店を出ていく背中に、店長の近藤裕子さんが明るく声をかけた。東京・荒川区の日暮里駅から徒歩7分ほど、住宅街の中に「パン屋の本屋」はある。
商業施設「ひぐらしガーデン」の中に、ベーカリーカフェ「ひぐらしベーカリー」と本屋「パン屋の本屋」の2店舗が併設されている。本屋で購入した本を、ひぐらしベーカリーの店内で読むこともできる。
かつては繊維工場が多くあり、繊維街とも呼ばれる町、日暮里。ひぐらしガーデンの敷地にも、以前はフェルト工場があったものの、時代の流れで廃業。その後、現社長が「地域の人が毎日使ってくれるようなものを売ろう」と考え抜いた結果、行き着いたのが「パン」と「本」だったのだそう。
2016年12月に同時オープンした2店舗。連載「しあわせの読書空間」第5回でフォーカスするのは、「パン屋の本屋」だ。
陽のよく当たるテラス席を挟んで、2つの店舗の間にある中庭。取材当日(3月下旬)には、葉桜になりつつある桜の木から、花びらが舞い落ちていた。
近藤さんはこのスペースで月2回、子どもたち相手に絵本を読み聞かせる「おはなしかい」を行っている。
「晴れた日に中庭でできるところが良いですよね。私が切り株に座って、子どもたちやお父さんお母さんは階段のあたりに座って、みなさん落ち着いて聞いてくれます。小さなお子さんを連れた若いご夫婦もよくいらっしゃるのですが、教育熱心な方がとても多い印象です。生後6か月くらいの子も来てくれるんですよ」
終始にこやかに話す近藤さんは、接しやすいフランクな雰囲気が魅力的だ。取材当日も、お客さんが店内に入ってくると、元気よく「おはようございます」と声をかける。
近すぎず、遠すぎない。絶妙な距離感は意識してのものだろうか。
「もちろん、静かに本を選んでいる人に声をかけたりはしません。でも、ちょっとしたタイミングで本の話でも、天気の話でも、話したい気分のときは気軽に話せる。そんな雰囲気を大切にしたいと思っています」
静かに本を選びたいときも、誰かと言葉をかわしたいときも、いつでもそこにある場所。そのあたたかな雰囲気が子どもたちに親しまれているのもよくわかる。
「よく覚えているのは、うちの店をはじめてのおつかいとして使ってくれたことでしょうか。お子さんがお金を握りしめてやってきて、店の外からお母さんがこっそり見守っているんです。そんなふうに、初めて自分のおこづかいで大切な1冊を買ってくださるというのは、すごくありがたいと思います」
そうして自分で初めて買った本は、きっとその内容だけでなく、そのときのドキドキした思い出もいっしょにその子の心に残り続けるのではないだろうか。
「現代はスマホやゲーム、動画配信サービスなど、子どもが夢中になる娯楽があふれているじゃないですか。そんな中で、小さな頃から本に親しんだ経験があれば、きっと成長した後も自然と読書を楽しんでくれる大人になるかもしれませんよね」
同店の蔵書数は、約4000冊。その半数を絵本が占める。
「お客さんの顔が思い浮かぶような本を仕入れるようにしています。たとえば、あの人はこの作家さんの新刊があったら買ってくれるだろうな、このシリーズは○○さんが好きだと言っていたから続刊を仕入れておこう、とか。そんなふうに、実際に本を手にとってくれる様子が浮かぶ本を選ぶように、意識しています」
住宅街に店を構える、まさに「町の本屋さん」だからこそできることだろう。近藤さんが同店の2代目店長として切り盛りすることになったのも、町の書店での勤務経験を買われたためだった。
「毎週来てくださるお客さんにとって、来るたびに新しい発見があるような場所になっていたらいいですね」
近隣のマンションなどに住む家族連れが訪れることも多い。
「特に子育て中のお父さんお母さんは、自由な時間がなかなかなくてゆったりした時間がとれないですよね。しかも、小さい子を連れて入れる場所はかなり限られます。そこで、本を選んだりパンを食べたりできる場所というのは意外に少ないので、重宝してくださるようです」
本屋の向かいのひぐらしベーカリーでお母さんがゆっくりパンを食べている間に、子どもが本屋で本を読んでいる姿もよく見られるそうだ。
「お母さんが多いですが、もちろんほかにも様々な人がいらっしゃいます。女性がおひとりで小説を見てくださっていたり、土日にはお父さんがご家族で訪れてビジネス本などを手に取っておられたり。遠方からわざわざ来てくださる方もいますね」
家族連れをはじめ、多くの人に愛されている同店。絵本とのコラボ企画も頻繁に実施している。過去には、『からすのパンやさん』、「ノンタン」シリーズ(いずれも偕成社)、「くまのがっこう」シリーズ『ジャッキーのパンやさん』(ブロンズ新社)などの絵本とコラボし、キャラクターを見事に再現したパンをひぐらしベーカリーで販売してきた。
そして2023年4月は、古内一絵さんによる人気シリーズ「マカン・マラン」(中央公論新社)とコラボした、マカン・マランフェアを実施中だ。
同作は、商店街の路地裏で深夜にだけ営業しているカフェ「マカン・マラン」を舞台に繰り広げられる物語。元エリートサラリーマン、現ドラァグクイーンの店主・シャールさんのもとに集まった、さまざまな悩みを抱えた人たちがカフェで提供される夜食をきっかけに、心と体を解きほぐされていく。
シリーズは、『マカン・マラン 二十三時の夜食カフェ』『女王さまの夜食カフェ マカン・マラン ふたたび』『きまぐれな夜食カフェ マカン・マラン みたび』『さよならの夜食カフェ マカン・マラン おしまい』の4部作だ。
今回、シリーズ累計20万部突破を記念し、パン屋の本屋でフェアを実施。4月1日~4月30日の期間、作中に登場する「金のお米パン」(カレーパン)を再現したコラボパンや、著者・古内さんのサイン本、「ルートート」とコラボしたオリジナルバッグが販売される。9日には、古内さんのミニトークイベントや、ルートートのオリジナルバッグを作ってもらえるライブ制作も開催される。トークイベントは、「夜食カフェ」という物語のカギにのっとり、夜にベーカリーカフェで行うのもポイントだ。
さらに、マカン・マランシリーズの他にもぜひ読みたい、近藤さんおすすめの本を、絵本と一般文芸からそれぞれ1冊ずつ選んでもらった。
まずは、かけひさとこさん作の絵本『パンダぱん』(教育画劇)。ページをめくれば、パンダを象ったさまざまなパンのイラストに「パンころ、パンころ、パンころん」など小気味良いリズムの文章が並ぶ。
「生後6か月くらいの赤ちゃんでも楽しめると思います」と、近藤さん。読み聞かせで、文章を耳で味わうのも楽しそうな1冊だ。
2冊目は、瀬尾まいこさんによる長編小説『そして、バトンは渡された』(文藝春秋)。2019年本屋大賞受賞、山本周五郎賞候補など大きな話題を呼び、映画化もされたベストセラーだ。近藤さんは以前から瀬尾さんの作品を好んで読んでいたのだそう。
「この作品の主人公はけっこう複雑な家庭環境なんですけど、本人が淡々としているというか、どこか主人公っぽくないところが好きなんです。決して悲劇のヒロインではなく、自分の環境に振り回されることもない。私もそうありたいと思いつつ、日々バタバタしています(笑)」
忙しく余裕のない日々を過ごしているのは、ここを訪れる、子育て中のお客さんたちも同じかもしれない。
そんな人たちが、1日のうちいくらかでも、ゆったり本に触れる時間をもてるように。そんな思いで営まれる「パン屋の本屋」は、今日も変わらず日暮里の町で、にこやかな近藤さんといっしょにそこにある。
・パン屋の本屋
http://higurashi-garden.co.jp/
東京都荒川区西日暮里2-6-7
営業時間:10時~17時
店休日:毎週月曜(月曜日が祝日の場合は翌火曜定休)
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