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岩手県出身の作家が語る、日常生活に根付く「宮沢賢治」という存在

  • 書名 ひとしずく
  • 監修・編集・著者名今明さみどり
  • 出版社名幻冬舎

早春の光が差し込む朝、森の奥のクマザサの葉の上で生まれた一滴の水の粒が繰り広げる、小さな大冒険。

『ひとしずく』(幻冬舎刊)は岩手県出身の今明さみどりさんによって書かれた児童文学で、前述の通り主人公は「一滴の水の粒」だ。「透明でどんな色も反映する」という純真な「ひとしずく」に、読者は自分自身を投影するはずだ。

今回は作者の今明さんにインタビューを行い、『ひとしずく』という物語についてお話をうかがった。その後編では岩手県出身の児童文学作家・宮沢賢治の影響や、ストーリーを彩る挿絵について語ってもらっている。

(新刊JP編集部)

■岩手にとって「宮沢賢治」は日常生活に浸透している存在

――この物語の中で流れている時間の対比についてもうかがいたいのですが、「ひとしずく」がこの物語の中で過ごしている時間の長さと、「ひとしずく」がいる森に流れる時間の長さは違いますよね。その対比について、意識したことはありましたか?

今明:その対比については実は意識をしていなくて、逆に今、質問を受けて、自分にとって新しい発見になりました。確かに言われてみると、「ひとしずく」が無我夢中になっている時間の流れと、森という不変の象徴となっている場所の時間の流れは対比になっていますよね。

その一方で、「ひとしずく」にも森の時間の流れに通じる、太古からの時間が流れているとも思っています。最初にこの物語のアイデアを思いついたときに、北極の5000万年前の氷が解けて川海に流れ出した「ひとしずく」が世界と出会う、という始まり方もあると思ったんですよね。そういう意味では、今回の「ひとしずく」も不変の存在の一部だなという悠久の感覚をもって描いていたところはあります。

――なるほど。「ひとしずく」はクマザサの葉の上で生まれたばかりだけど、実はその透明な体は太古からの時間を背負っている。先ほどの循環の話ではないですが、そういう風に捉えることもできますね。

今明:はい。この物語では無我夢中で生きる「ひとしずく」を描きましたが、実際に書いていると色々な発見がありました。

――多様な解釈を受け止めてくれる作品だと思います。今明さんは岩手県にお住まいとのことですが、先ほど「児童文学に育てられた」とおっしゃっていた通り、物語の世界観として宮沢賢治の影響を感じられる部分がありました。

今明:とても畏れ多いですが...それはあるかもしれません。私は岩手県出身で、一度東京に出てまた戻ってきた人間なのですが、小学校、中学校で過ごす時間の至るところに賢治さんが紛れ込んでいるんですよ。合唱で歌ったり、国語の授業や総合学習なんかにも出てきていて。

また、こちらでは飲食店とかにも賢治さんの本が置いてあったりして、ちょっとした時に手に取って読んだりしていたので、日常生活に入り込んでいる感覚がありますね。

――児童文学的な世界観の下地がそこで身についたというわけですね。

今明:そうですね。物語の、特に冒頭のあるシーンでは賢治さんへのリスペクトをわかりやすくこめた部分もありますし、世界観も重なるところは大いにあると思います。

――本作は挿絵が「ひとしずく」の冒険を彩りますが、挿絵についてはいかがですか?

今明:挿絵のあきこ屋さんは、私が直接お声がけさせていただきました。というのも、この本を出すことになったときにはすでに物語ができていたので、挿絵のイメージもある程度あったんです。あきこ屋さんのこれまでの作品を見た際、この人だ!と直感的に思いました。

また、挿絵を描いていただける方を探す時に大事にしたことは、同じ東北の方ということでした。それは、雪が解けて滴になっていく過程を知っている人でないとイメージを共有し合えないと思っていたからです。あとは、一冊の本をつくり上げるにあたり、同じ熱意をもって制作してくださる方ですね。

また、カバーデザインの黒丸健一さんも岩手県出身の方ですが、残雪の儚さや芽吹く新緑が映える東北地方の早春の景色を知っている方だからこそ、あの配色にしていただけたと思っています。両者ともに本当に描いてほしい絵やカバーをつくり上げてくださってとても嬉しかったです。

――この『ひとしずく』という物語を通して伝えたいメッセージとは何だったのでしょうか。

今明:この物語を通して何かメッセージを伝えたいという思いはあまりなくて、こどもに声をかけるように「ひとしずく、行っておいで」という気持ちで送り出しました。読者の方には「ひとしずく」の旅路からいろいろなことを感じていただけると思います。ひとしずくのからだや心模様が透明であることと同じように、一人ひとりの方の心の鏡になればいいな、と。

――「ひとしずく」に自分を投影して読んでほしいというわけですね。

今明:そうですね。私は「ひとしずく」の透明な身体に無限を感じています。透明だからこそ、どんな色も反映することができる。だから、読者の方々の心と「ひとしずく」を重ねて読んでもらえると嬉しいです。

――では、本作をどのような人に読んでほしいとお考えですか?

今明:言葉の選び方やテンポなど、子どもからご年配の方までまっすぐ届くように心がけて作ったので、どの年代の方にも読んでほしいと思います。「ひとしずく」は読者に気づきを与えてくれる主人公だと思っています。

また、仕事や家庭、育児であまり時間が取れずにバタバタしている同世代の方々から、「時間をゆっくり感じられる本で、ありがたかった」という感想を多くいただいていて、思いがけない反響でした。ですので、自分の時間を大切にしたいと思っている方にも読んでいただけるといいのかなと思います。

文庫サイズなので、持ち歩きもしやすいと思います。自分自身、自分の時間を作りたいときには本1冊と財布だけ持って出かけるということをするのですが、もしそういう機会があるときにはこの本を持って、たっぷりと『ひとしずく』の時間に浸ってもらえれば嬉しいですね。

(了)

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