童謡「赤い靴」の寂しげな旋律と物悲しい歌詞は、一度聴いたらいつまでも耳に残り、強いインパクトがある。
この歌に出てくる「赤い靴をはいた女の子」には「岩崎きみ」というモデルがいたとされ、その生涯はどうやら不遇なものだったようだ。歌詞では「異人さんにつれられていっちゃった」とあるが、実際には外国に渡っておらず、むしろ保護者であった外国人に置き去りにされ、日本の孤児院で病によって短い生涯を終えた岩崎きみの人生は、かの童謡よりもいっそう哀れを誘う。
小説『赤い靴~海を渡るメロディー~』(幻冬舎刊)はこの岩崎きみの生涯を現代に置き換えた野心作。彼女を現代に蘇らせた意図とはいったいどのようなものだったのか。著者の高津典昭さんにお話をうかがった。
――『赤い靴~海を渡るメロディー~』について。まずはこの物語をお書きになった動機やきっかけについてお話をうかがえればと思います。
高津:私は以前27年間横浜に住んでいたのですが、当時山下公園を散歩で通る習慣があったんです。あそこに「赤い靴をはいた女の子像」ってあるじゃないですか。私にはあの像の女の子がすごく悲しそうに海の向こうを見ているように見えたんですよ。
だいぶ後になって静岡の日本平に行ったのですが、そこには「赤い靴母子像」があります。その紹介を見て、あの女の子が実在した人物だと知ったんですね。あのモデルは岩崎かよという女性の娘で「きみちゃん」という名前で、お父さんがわからない私生児だとされています。
当時は明治時代で、この母子は北海道の開拓地に行ったのですが、過酷な開拓地の暮らしは病弱なきみちゃんには無理だろうということで、函館のヒュエット夫妻のもとに養子に出されたんですね。この夫妻に育てられていたのですが、彼らはアメリカから帰国命令を受けて日本を去ってしまったんです。ただ、その船にきみちゃんは乗っていませんでした。結核を患って船に乗れるような状態ではなかったんです。彼女はやむなく麻布十番の孤児院に預けられて、そこで9歳の生涯を終えました。その麻布十番には「赤い靴の女の子・きみちゃん像」があります。ついに「きみちゃん」について、この3点が重なったのです。
その話を知ってから、彼女について書かれた本を読み漁って、彼女についての小説を書いてみようと思ったんです。
――たしかに、この小説は赤い靴をはいた女の子の「現代版」の趣があります。主人公の恵理の故郷を離島にしたのはなぜですか?
高津:あまり深い意味はありません。この話のアイデアを考えている時期に犬吠埼に初日の出を見に行って太平洋を眺めていて、なんとなく主人公が海の向こうからやってくるイメージがわいたので。
――あの島自体は架空の島ですよね?
高津:そうです。八丈島から80キロくらいのところにある島という設定なのですが、青ヶ島をモデルにしています。
――持病に翻弄される男とその家族の物語です。主人公の恵理もその母智子も非常に我慢強いと思いました。「強い女性と弱い男」が強調されているように思ったのですが、高津さんは「虐げられる女性」を通して何を表現したかったのでしょうか。
高津:赤い靴の女の子の話を現代版にするとどうなるだろうと考える過程で、恵理とお母さんの智子は強くて気丈な人がいいだろうと思ったんですよね。特に今は女性が強い時代なので。
一方で「男の弱さ」の部分は私自身と重なります。恵理の父・祐一は原因不明の激しいパニック障害を持病として抱えていて、酒でそれを紛らわせているのですが、実は私も同じ持病があるんです。中学2年の時に急に始まり、40代まで頭が壊れるんじゃないかと思うような強い症状が出ていました。
――「頭が壊れる」というのはどんな症状なのですか?
高津:そこなんです。それが説明できないから私も人知れず悩んできました。46歳の時についにこの世の地獄を知りもうこれ以上は耐えられないと思ってある病院を訪ねていって「私を合法的に殺してくれ」と医者に言ったんです。
そうしたらその先生が「私が治してあげます」と言いました。言い切りました。信じられませんでしたよ。こんなに激しくて人に説明できないような症状を治せるわけがないと。でも、その先生は例えて言えば真っ暗闇で手術したように、処方する薬を試行錯誤しながら私を治してくれました。
何が言いたいかというと、私はこの病気のことを医師にカミングアウトしたから治療が受けられたし、症状を改善することができたんです。だけど、弱さを人に見せられない人もいる。それがこの小説で書いた祐一なんです。
(後編につづく)
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