ドナルド・トランプは本当にロシアと結託して選挙戦が有利になるように仕向けたのか?
ロシアは何を目的に、アメリカの選挙に干渉したのか?
2016年、ドナルド・トランプが勝利した米大統領選の前後から、アメリカ国内でくすぶり続ける「ロシア疑惑」。21世紀最大のスキャンダルとなりうるこの疑惑に、イギリスのジャーナリスト、ルーク・ハーディングは著書『共謀 トランプとロシアをつなぐ黒い人脈とカネ』(高取芳彦、米津篤八、井上大剛訳、集英社刊)で鋭く切り込んだ。
トランプ陣営で選挙戦を戦った人物、そしてトランプ政権の人事で起用された人物がいかにロシアと深く関わり、利害関係を共有していたかを綿密な取材によって明らかにしたこの本を専門家はどう読んだのか。
本書に解説文を寄稿した上智大学総合グローバル学部教授の前嶋和弘氏にお話をうかがった。その後編をお届けする。(インタビュー・文/山田洋介)
■ロシアの米大統領選介入 その真の目的とは
――ロシアが米大統領選の選挙期間中に行ったとされているのは、「民主党の党中枢にサイバー攻撃を仕掛け、ヒラリー・クリントン氏のものをはじめとするメールデータを盗み出し、その評判を貶めるという一種の世論誘導です。ただ、サイバー攻撃というのは成功確率の高いものではありませんから、失敗した場合ロシアはどうしていたんだろうか、という疑問があります。
前嶋:まず理解しておくべきは、今回の選挙干渉でのロシアの目的は「トランプ氏を勝たせること」ではなく「ヒラリー氏を負けさせること」にあった点です。
そのうえで、今回急にロシアがサイバー攻撃を思い立ったならイチかバチかの感がありますが、実際にはロシアがアメリカ国内で普段からやっている情報戦略の一環と考えるのが自然だと思います。
ロシアはアメリカで「RTアメリカ」というCATV・衛星のテレビ局でプロパガンダ放送をしていますし、SNSを使った世論誘導にも積極的です。サイバー攻撃もそうした情報戦略上の取り組みの一つだったのではないでしょうか。
特に、今のアメリカは国内の世論が真っ二つに割れていますから、そうした世論誘導に非常に弱い。プロパガンダを飛ばすのも、敵側の悪評を流すのもやりやすかったと思います。
――ロシアはなぜヒラリー氏を当選させたくなかったのでしょうか?
前嶋:ヒラリー氏はウクライナ問題でロシアを厳しく批判していましたし、夫のビル・クリントン氏は大統領時代にNATO拡大を進めてロシアに脅威を与えていました。ロシアにとってクリントン夫妻は長年の宿敵だというのが一つあります。
――となると、どうやってヒラリー氏を勝たせないようにするかを考えているところに、たまたま以前からロシアとビジネスディールがあって、ロシア側も何かに使えないかと粉をかけていたトランプ氏が出馬したと。
前嶋:私はそういう偶然の要素は大きかったんじゃないかと思いますね。
だから、選挙戦についてトランプ氏とロシアがどの程度「共謀」していたのかは、現段階では未知数だといえます。ロシアの目的はあくまで「ヒラリー氏を勝たせないこと」にあって、手を組む相手がトランプ氏である必要はなかった。
もちろん、トランプ氏の陣営がロシアと接触していたのは事実で、「共謀」と見なせることもおそらくはやっているのですが、まだ「点」の段階で太い「線」にはなっていないという印象です。
――トランプ大統領の意思決定や行動がどの程度ロシアの影響下にあるのかというのも気になるポイントです。先日、イギリスで起きた元情報機関員の暗殺未遂事件への制裁として、アメリカは国内にいるロシア外交官を追放しましたが、これは欧米諸国と足並みを揃えた形ですね。
前嶋:確かに、アメリカはロシアに対して制裁的な行動をとったわけですが、「なぜこんなに遅いのか?」という気もします。普通であれば同盟国でロシア側による暗殺未遂事件があれば即時に外交官を追放するはずですから。
どうもトランプ氏のロシア関係での行動はワンテンポ遅いと言いますか、腰が引けている印象があります。それに加えて本人の「プーチンとはうまくやれるかもしれない」といった発言や、大統領選挙で4選を果たしたプーチン氏への祝福コメントなどがあって、アメリカでは「やっぱり何かおかしいよね」ということになっています。
――ロシアとの関係を否定しているトランプですが、モラー特別検察官による捜査が進んでいます。予想しうる今後の展開についてお聞きしたいです。
前嶋:報じられることが多くはないため日本人の感覚からはゆっくりと感じるかもしれませんが、着実に捜査は進んでいて、ようやくトランプ氏本人を聴取できるかどうかというところまで来ました。
ただ、ロシアとの「共謀」があったかどうかの捜査は容易ではありません。個人的には共謀についての捜査をしていたFBI長官のジェームズ・コミーを解任したことが「司法妨害」にあたるのではないかという線の方が捜査を進めやすいと思っています。
アメリカ国内を見ると、ここ最近はモラー特別検察官をいかにして辞めさせるかをトランプ氏が考えているという報道が目立ちます。トランプ氏が直接モラー氏を解任することはできないのですが、司法長官や司法副長官なら可能なので、まずはそのポストを入れ替えることによって、間接的にモラー氏を解任しようという思惑はあるのかもしれません。さすがにそこまでのことはしないだろうとは思いますが、ロシアと明らかな共謀関係がわかったり、司法妨害が明らかになったりしたら、トランプ氏がどう出るかはわかりません。
もう一つ、今年11月の中間選挙は「トランプ弾劾選挙」の意味合いを帯びてくるはずです。その結果次第によっては政治が動きますし、それまでにモラー氏の捜査も進んでいるはずですから、2019年の頭あたりに大きな動きがあるかもしれません。
(インタビュー・文/山田洋介)
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