新年度から新しく管理職に就任し、組織を束ねて部下を指導する立場になった人もいるだろう。
しかし、「強い組織をつくろう」「チームの人たちが成長する組織にしよう」という目標を掲げても、「教え方」を学ばないとなかなか上手くいかない。
組織がひとつ上の段階に登るには、ひとつ上の思考法を身につけることが必要だ。
「今までこうやってきたから」に囚われるのでなく、変化する社会に対応し、新たなやり方を考えられるようになるには。そして、チーム全体がその思考を持ち、成長するビジネスパーソンを育てるには。
その方法を伝授する『ひとつ上の思考力』(クロスメディア・パブリッシング刊)の著者であり、事業変革パートナーの安澤武郎さんにお話をうかがった。
(新刊JP編集部)
■「これまでこうやってきたから」では組織は成長しない
――本書は組織を一段階上に押し上げるための思考法が書かれています。安澤さんはコンサルタントとして、事業変革パートナーとしてさまざまな企業と一緒に仕事をされてきたと思いますが、本当に強い組織の特徴について教えていただけますか?
安澤:強い組織には、自分で考え行動できる現場リーダーが各所に存在します。経営方針が変わっても、その意を汲んで自分に何ができるかを考えられ、なおかつ自分で学習を続けていく人が沢山いれば会社は揺るぎません。
実は、言われたことを従順にこなす社員が多いと、逆に変化に弱いのです。マニュアルに従っているだけの人と交渉をしても、「そういうルールですから」と議論の余地がないのと同じで、自分の考えがない「受け売り」の人は意固地で、自分で変わることができません。
「自分の考えを持つ」とは自分の意見に固執をして、独りよがりになることでもありません。自分の考えに根拠があれば、自分と違う意見に出会った時に、前提となる情報や考え方に立ち戻って考え直すことができます。そういう人は、組織の他のメンバーと連携する力も高くなります。
企業が効率的な仕組みを確立してしまうと、現場の社員はあまり考えなくても成果を出せるようになります。すると、この自分の考えを持ったリーダーは育ちにくくなります。本当に強い組織では、仕組みを壊し、再構築する仕事をリーダー候補に与えていたりします。
――組織の成員が何を目的として働くかというときに、「上司からの評価」は視野に入ってくると思います。ただ、そうなるとリーダー考えの影響を受けて、自分の考えを持てなくなってしまうことはないでしょうか?
安澤:良いポイントですね。人は身近なリーダーの影響を受けるものです。どんなに素晴らしい経営者のいる組織でも、社員の考えは身近なリーダーの影響を色濃く受けています。だから、「リーダー教育」が必要なんですね。
つまり、リーダーとしての期待をかけている人には、教え方を教えるということが必須になります。そうしないと、自分と違う考え方があってもそれを許容できないリーダーになってしまう。逆に、「自主性」という言葉を旗印にして、スタッフに手をかけないリーダーの元で、スタッフが全く育っていないという組織も存在します。
――「教え方を教える」というのはとても難しいことです。教え方を教える際に気を付けることはありますか?
安澤:人間は経験から学び、成功をすれば「正しい」と思うでしょう。しかし、環境が変われば「正しい」ことも変わります。だから「チーム環境や教える相手が変われば、正しい教え方も変わる」ということが最も重要な原則になります。
リーダーとなる人が「自分がこうして育てられて成長できた」ということに囚われないようにすることですね。自分の立場が変わっても教え方は変えていくべきです。
――逆に経験に囚われたままだと、精度も生産性も落ちていくわけですね。
安澤:そうです。本人が経験から脱しないと、教えた時間は無駄になってしまいます。
――今のお話は本書で言うところの「シングルループ」と「ダブルループ」のお話だと思います。限られた経験に頼って応用が効かなくなる「シングルループ」の外側に、経験を法則化し、その法則を新しい環境で検証し、進化をさせていく「ダブルループ」を回そうという提言は、まさに教える側、指導する側にとって必要な考え方だと思います。
安澤:そういう意味では、本書は新任管理職に読んでほしいです。最初は部下がまったく成長せず「なんでこいつは…」と思ってしまうこともあるかもしれませんが、必要な行動を一つ一つ教えて、できることを増やしていくことが大切ですね。
――「学習の方法を学ぶ学習」はどのように進めるのでしょうか。
安澤:最初に必要なことは「ダブルループ」を見えるようにすることです。仕事のレベルを3段階に表すと、目に見える「形」で仕事をしている段階、モノゴトの「意味合い」に目を向けて仕事ができる段階、さらに人の「感情」にまで目が向けられる段階です。少なくとも、モノゴトの「意味合い」を捉えられるようにならないと「ダブルループ」は扱えません。
ひとつの訓練法ですが、「全ての行動に意図を持つ」という方法があります。参加する会議や、作成する資料など、本来すべての仕事には意味があるんです。
例えば、クライアントに提出する資料でも、なぜこのフォントなのか、なぜこの紙なのか、ということを常に考えると、モノゴトの意味合いが見えるようになっていきます。
――でも、会議にしても実際は「前からやっていたから」というものが多いですよね。長時間労働や生産性の低さについても「前からずっとこうやってきたから」から脱せなければ議論もできないのかもしれません。
安澤:そうでしょうね。私もクライアントの企業に、「何のためにやっているのか」を問うことが多いんです。ただ集まることが目的になっている会議とかはやっぱりあります。
――客観的な視点がないと、無駄かどうかも分からないことは結構あると思います。
安澤:基準がないですからね。一番もったいないと思うことは、「仕事の受け手」から求められている要件を確認していないケースです。良かれと思ってしている仕事が、全く無駄であったというケースはかなり世の中に多い。一度作り上げられた仕組みを引き継いでいるケースなどによく起きていますね。
――そもそも仕組みが目的化してしまうこともあります。
安澤:学生時代に答えだけを教わって終わりという人がいたように、目的に達するための方法を丸暗記している人が意外と多いんですよ。これをすればいい、という。
例えば、数学や物理には公式があるわけですね。その公式を導き出す力を身につけていけば次々にステップアップできます。しかし、目先のテストの点を取るための丸暗記に走ってしまうとすぐに限界がきます。そういう勉強は全くの無駄ですし人生の浪費だと思います。
それはこれまでの話と通じていて、「答え」だけを与えていても応用はできないということです。「教える」立場に立つ時に、気をつけなくてはいけないことは、「解き方」を身につけさせられているか、という本来の目的に目を向けることです。
(後編へ続く)
『ひとつ上の思考力』の著者、安澤武郎さん