今の職場環境や働き方に行きづまりを感じたとき、あなたには気軽に相談できる人がいるだろうか。
答えがノーなら、転職サイトや転職エージェントに飛びつくまえに、まずは身近なところでそうした相談相手をひとりでも多く作ることをおすすめしたい。なぜなら、親身になってくれる身近な人からの思わぬ一言で、あっさり悩みが解決することは少なくないからだ。
では、どうやって相談相手を作ればいいのか。
今回、参考にしたいのは、『新しい働き方 幸せと成果を両立する「モダンワークスタイル」のすすめ』(講談社刊)の著者、越川慎司氏のケース。
越川氏は、前職の日本マイクロソフト時代にそうした相談相手を社内外に複数もち、自身のキャリアを着実に積み重ねてきた。そこで今回は、彼がどのように相談相手を見つけてきたのか、またその相談相手からどのような学びを得てきたのかをうかがった。
■マイクロソフトの名物社長が身をもって教えてくれた「顧客への正しい謝り方」
――インタビューの前半では、越川さんが独立なさった経緯を中心にお話をうかがいました。現在の越川さんは、普段どのようなスケジュール感で働いてらっしゃるのですか。
越川:インタビューの前半で、欧米人のメリハリのきいた働き方と、その対極にある日本人の長時間労働についてお話させていただきました。
私自身、アグリゲーターとして、またベンチャー企業(※)の経営者として、ひとつのモデルケースになるような働き方ができたらと考えています。
とかくベンチャー企業は、潤沢なリソースを抱える大企業に勝つために、寝る間を惜しんで働くのが一般的というイメージがあります。
そこで、「ベンチャー企業でも短時間労働は実現できる」という信念のもと、現在は「週休3日、週30時間未満労働」というスタイルで働いています。この時間内におさまるように、エッセンシャル思考の元でITと人的ネットワークを使って徹底的に効率化していますね。
おかげで、これまでより短い時間で高いパフォーマンスを出し、心身ともに健康な状態を維持できています。
――会社を立ちあげて、そのようなワークスタイルに移行なさったのも、シリコンバレーでの経験が大きかったのでしょうか。
越川:それもありますが、いちばんのきっかけは、日本マイクロソフトに入社するまえに自分でベンチャーを興した際、働きすぎて十二指腸潰瘍になってしまったことです。
この経験を通じて、働きすぎが原因で体調を崩してしまったり、生死にかかわるようなことになってしまっては、ぜったいに良くないと痛感しました。
――いまのお話をうかがっても、働き方改革を実現できるかどうかは、つくづく経営者の覚悟しだいという気がしてきます。
越川:そうですね。さらに、これは働き方改革というよりももっと広く、イノベーション全般にかかわる話かもしれませんが、ある組織がどのようにして物事を決め進めていくかという組織文化も成否をわける重要な要素だと考えています。
たとえばアメリカ企業では、トップの意向がどうであろうと、現場レベルで「まず、やってしまう」ことが珍しくありません。やってみて、レビューして、結果が思わしくなければ、修正したり止めたり…といった判断を重ねていくのです。この進め方だと、失敗して学ぶことは多い。ただ、やって失敗するより、やらないことのほうがリスクが大きいと考えています。
それに対し、典型的な日本企業では、何か新たな取り組みをやろうとしても、根まわしもふくめて実行するまでに膨大な時間をかけます。しかし、膨大な時間をかけるわりには、いざ実行したあとに「どんな結果が得られたか」のレビューが不十分という印象です。その結果、ムダなことを延々とつづけてしまうことがあります。
つまり、両者の決定的な違いは、リスクをどこで取るかです。納得いくまで情報を集めて全員で納得し意思決定の段階でリスクを最小化するのか、まず行動を起こしてその後に軌道修正しながらリスクを少なくしていくのか。スピードが求められる現在では後者の方が競争に勝てるのです。
日本企業がこのスピード感を実現するためには、現場での意思決定プロセスを簡素化し、役員も含めてその進捗と失敗の理由を「振り返る」という文化を醸成していく必要があると感じています。
――少し話題は変わりますが、真の働き方改革を進めていくためには、そうした組織からのアプローチのほかに、働く個人の視点からのアプローチも重要になってくるかと思います。本書では、そのひとつの策として、メンター制度の重要性を説かれていますね。
越川:はい。少し補足をさせていただくと、本書のなかに出てくる「メンター制度」とは「メンタリング」を指します。これは、自らの成長や成果を望む「メンティ」が、豊富な経験や人脈、知識、スキルなどをもつ「メンター」から、継続して助言を受ける行動を意味しています。
では、なぜこのメンター制度が重要なのか。ここでも、昨今のビジネスシーンにおける変化の激しさが影響しています。
つまり、以前は「石の上にも三年」という言葉を信じて我慢していれば報われることもありましたが、今はそうではありません。状況の変化に対応できなければ、報われるどころか、さらに事態を悪化させるリスクすらある。
であれば、刻々と変化する状況に対応するためにも、「我慢する」から「感情やストレス、それによるリスクをコントロールしていく」という考え方にスイッチしていったほうがいい。
その意味で、メンティが普段から抱えている感情をいったん吐き出し、今後向かうべきことについて建設的な話ができるメンター制度はとても有効なのです。
――ちなみに自分に合ったメンターの探し方で気をつけるべきポイントは何ですか。
越川:まずは「自分もああいう人になりたい」と思える人を探すこと。それともうひとつ、自分とはまったく異なる属性の人にメンターになってもらうことも重要です。
先ほど組織がイノベーションを進めていくうえで、「振り返ること」が大切という話をしました。これは個人に当てはまるもので、効果的な振り返りをするためにも、本人(メンティ)の置かれている立場・状況をできるだけ俯瞰的に見られる人になってもらう必要があります。
したがって、自分とはまったく異なる業界で働いている人にメンターになってもらい、自分とは異なる見方・考え方から新たな刺激をもらうことをおすすめします。
このような条件を踏まえつつ、社内外で広くメンターを探してみるといいでしょう。私自身、日本マイクロソフトでは22人のメンターをしていました。
――ちなみに越川さん自身のメンターは、具体的にどのような方ですか。
越川:私が日本マイクロソフトに在籍した当時、社長であった樋口からは随時心を揺さぶられるアドバイスをもらっていました。
また、いまでもfacebookのメッセンジャーでやりとりをする等、カジュアルな形でメンター/メンティの関係を続けさせてもらっています。
――社内のメンターということは「ロールモデル」としての意味合いが強かったということでしょうか。
越川:そのとおりです。なぜ私は樋口をロールモデルとしたのか。理由はいくつもありますが、その最たるものに「顧客主義をつらぬき、決してお客様から逃げなかったこと」があげられます。
当時、私はチーフクオリティオフィサー(最高品質責任者)の立場にあったため、何かクレームが入るたび、謝罪担当としてお客様のところへ赴かなければなりませんでした。そんなとき、樋口は決まって出張や社内会議をすべてキャンセルし、現地にかけつけてくれたんです。
――そのような状況で、樋口さんはどのように立ち振る舞われたのですか。
越川:いつも、ダークグレーのスーツを着て、白いシャツに地味なネクタイという出で立ちで、秘書もつけずに、ひとり誰よりも先にお客様のオフィスに着いて待っていました。
応接室に通されても、お客様が来るまでぜったい椅子には座らず、立って待っている。お客様が部屋に入ってきたら、まず深々とお辞儀をし、一切の言い訳をせずにお詫びをする。そして解決策を提示し、その場で実現を約束する。このことを徹底していました。
――つまり、樋口さんが先陣を切って顧客対応をなさっていたわけですね。
越川:はい。その結果、日本マイクロソフト側がいかに真摯に事態に向き合おうとしているかが相手に一発で伝わって。お客様は、怒るどころか逆に樋口に魅了されてしまいます。
実際、500件以上の謝罪訪問をしましたけれど、そのうち発注がキャンセルになったのは1件だけで、28%のお客様がむしろ契約を増やしてくれたのです。
――最後になりますが、読者の皆様へメッセージをお願いします。
越川:自分にとっての幸せとは何か。何のために働いているのか。こうした自問自答をし、目標を明確にした上で、意識を変えて、手段としての働き方を考え直していただきたいと切に思っています。
そして、もし働き方を変えなくていけないと思ったら、どんなに些細なことでも構いませんので、今日から試していただきたいですね。
ITを使った作業の効率化、他者の巻き込み、会議の効率化、メール依存の脱却など、是非振り返って改善し、進捗を可視化して安心していってください。
(了)
※越川氏は2016年12月末に日本マイクロソフトを退職。2017年1月より、株式会社クロスリバーを経営している。
『新しい働き方 幸せと成果を両立する「モダンワークスタイル」のすすめ』の著者、越川慎司氏