『出口汪の論理的に話す力が身につく本』(出口汪/著、SBクリエイティブ/刊)の裏表紙の定価の下に小さく表示してある「○に時」のマークに、「2015年6月末日まで」という文字。これは一体なんだろうか? そんな疑問を出版元であるSBクリエイティブに問い合わせたところ、「時限再販を示すマーク」であることが判明した。
出版業界には再販売価格維持制度(通称:再販制度)という制度がある。これは出版社が商品の価格を決め、書店などの小売店は自由に売り値を決めることができないという制度だ。
日本では原則として再販制度は認められていない(独占禁止法第二条9項に該当するため)が、書籍や雑誌、新聞、音楽ソフトは適用除外として、再販制度が認められている(独占禁止法第二十三条4項)。そのため、書籍は発売してから、日本国内何処へ行っても同じ値段で買うことができるのだ。
一方、自分たちで本の値段を決められない書店は、販売委託期間を過ぎれば売れ残った本を返品できる保証がある。ところが近年、出版不況の象徴的な出来事として、書籍返品率の高さが問題になっており、2008年と2009年は40%を超えている(*1)。
こうした高い返品率の解消に向けて、出版業界はさまざまな対策を打ち出しており、この「時限再販」もその一つであると考えることができる。
「時限再販」は、決められた期間は定価でしか本を売ることができないが、その期間を過ぎれば、小売店側が自由に値段を決められるというシステムだ。
もともと雑誌では存在していたが、単行本はほぼ皆無だったというこの制度をどうして“掘り起こした”のだろうか? 本当の狙いは一体なんだろうか? 新刊JP編集部取材班は、この時限再販を積極的に取り組んでいる株式会社MPDの川村興市執行役員に話を聞いた。
◇ ◇ ◇
――株式会社MPDとはどのような会社か。
川村:2006年に日本出版販売株式会社とカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社を親会社としてスタートした販売会社で、主にTSUTAYAが取り扱う商品(本・DVD・CD・GAME)を卸している。
――「時限再販」の取り組みをはじめたきっかけは?
川村:「時限再販」はもともと出版業界にあったルールだ。雑誌では見るが、書籍については、私たちが取り組むまではほとんど使われなかったと聞いている。
書店側は本が売れない場合、返品をすればお金が戻ってくる。単品で責任販売制を取っている出版社もあるが、基本的には本を売り切る必要はない。ただ、出版社にとって返品率の高まりはリスクになる。だから私たちは本を仕入れる際、出版社の持つリスクを分担する「チャージ契約」を加えた。この契約では1冊販売するとインセンティブをつけ、1冊返品するとペナルティを支払うことになっている。
――出版社のリスク回避以外にも狙いがあったのか。
川村:店舗が仕入れた商品を売り伸ばすことにつながると考えた。これは「時限再販&チャージ契約」のセットで実現できる。
ただ、ペナルティにアレルギーを持つ人が多い。例えばTSUTAYAと相性の良い出版社の本でもペナルティがつくなら仕入れないという声が上がった。だから、最初は意欲のある店舗からはじまり、実績を見てもらい再提案することで店舗数を伸ばしていった。
――そこで出てきたのが「時限再販&チャージ契約」なのか。
川村:そうだ。書店が自由に値段を決められれば、売り足が鈍ってきたところで、マークダウンと言う販売促進で売り場に再陳列して、まだ本の存在を知らない人に遡及することができる。
――出版社からの反応は。
川村:この企画は2013年5月に出版された「食べるなら、どっち!?」(サンクチュアリ出版)から取り組んだ。
しかし、他の出版社は反応が鈍かった。そこで、編集協力金を支払うことを条件に時限再販マーク付きの本を出版してもらうことを交渉した。もちろん、TSUTAYAで販売する時は「チャージ契約」をプラスする。
私たちは責任を持って売り伸ばすという企画に育てたいと考えている。
――「時限再販」をはじめてから2年が経つが、出版社の対応は変わったか。
川村:時限再販マーク付きの本を採用する出版社は増えてきた。もちろん、数ある本の一部だが、SBクリエイティブをはじめ複数の出版社に参加をしてもらっている。
――実際、時限再販対象の本は値引きをされるのか。
川村:未経験の販売方法であり、本部指示で運用するものではないので、店舗は取り組みづらかったようだ。が、販売インセンティブを原資に、マークダウン販売する積極派が現れたり、在庫余剰店舗が冬のキャンペーン時に実施したりと、徐々に拡がった。また、期間限定にしてキャンペーン終了したら、ほとんどの店舗は元の金額に戻している。
――今後はどのような展開を考えているか。
川村:「時限再販&チャージ契約」は、店舗に売り伸ばして仕上りを良くするところから始まった。本自体は他書店でも普通に販売されているが、インセンティブがないので「時限再販」を利用した販売まで踏み込むことはないと思う。2015年度もこの取り組みを継続させ、賛同してもらえる出版社を拡大していきたい。
◇ ◇ ◇
2013年5月から本格的に「時限再販&チャージ契約」の取り組みが開始され、その対象書籍は人文・ビジネス・実用書を中心に30冊を数えるようになったという。
「値引きして売り伸ばす」という概念がほぼ存在しなかった出版業界において、この取り組みはある意味で革命的なものであるといえる。この流れが今後の出版業界にどのような意味をもたらすのだろうか。
また、「時限再販」の対象になっている書籍は背表紙に「○に時」のマークが書かれているので、ぜひ探してみてはいかがだろう。
(金井元貴/新刊JP編集部)
【参考ウェブサイト】
*1…日本著者促進センター「出版業界の豆知識」
http://www.1book.co.jp/005000.html
【関連記事】
・
不況にあえぐ出版業界を変えるか 「時限再販」を追う(前)・
どうして変な規制ばかり作られるのか?・
日本の“タバコ規制”は遅れている?・
“マグロ取引の今後”を池上彰が丁寧に解説『出口汪の論理的に話す力が身につく本』の表紙裏に表示されている「○時マーク」